第18話 「 想いと思い出と 」

 思い出の回想がひと段落して、マルコは自分の記憶力の高さにちょっぴり驚いた。


(って、そうじゃない……思い返してみたものの、きらら祭りの名前の由来は出てこなかったな。でも――)


 重たい雰囲気のままの現実に意識を戻したことで漂う陰鬱さに苦く笑って、アニールの正面で欝々とした二人に視線を向けた。


(二人が、ううん、診療所で眠っているカルネさんも含めれば三人がここに来た理由は、何となくわかった気がする。――。アニールさんと、マメさんとキノコさんの一時間以上の問答に出てきた伝承のことや文献のこと、そこに載ってたっていう金という言葉。思い出してみれば、前村長のアニールさんのおじいさんが聞かせてくれた話と重なる部分もある。まあ、実際のこととして考えるには随分へんてこって言うか、飛び抜けた話もあったけど、『山を必要以上に荒らさないための方便』って考えれば、つじつまは合う……様な気がするのは僕がものを知らないからなのかなあ)


 マルコは微苦笑して一様の納得を手に入れると、柔らかい表情を意識してアニールの確認に言葉を返した。


「ごめんなさい。アニールさんが言った、おじいさんの言葉は思い出せませんでした。けど――」

「けど?」

「マメさんとキノコさんの言うことが、おおよそ嘘じゃないことは分かりましたよ」

「え、どういうこと?」


 丸メガネの奥の大きな目が大きく丸く見開かれた。そしてそれはアニールだけじゃない。話が聞こえていたマメもキノコも同じく驚いていた。いや、二人はアニールより更に驚いている。――というか、アニールに関していうなら、したり顔というにはずいぶんかわいい中性的な顔をにやりと笑わせるマルコに無意味にドキッとしてるだけだったりもするのだが、そこは村長の威厳というやつで覆い隠している。


 マルコはテーブルに着く全員に、それこそ言葉が通じるか分からない子牛のルチルにも聞かせるように話し始めた。思い出したことを、一つずつ。過去のあの場に居なかった者たちにも分かるように、適度にかいつまみながら、ゆっくりと。


πππ


 聞き集めた伝承や、読み漁った文献に『二ペソ村』という集落は登場しない。二ペソという山があり、そこには財たる金色が眠るという文言があるだけだ。それは二ペソという村が比較的若い村だからということもあるが、残る文献や伝承がとても古い物であることを示していた。


 そんな伝承や文献を一から紐解き、書かれた暗号のような文章を現代の言葉や考えに置き換えて読み解いた結果――二ペソの川では砂金が取れるのでは? という答えに行き着いたのだ。


 けれど、それは。

 各地に息づく財宝伝説の夢物語の一つだ。

 誰もが笑って、酒の席での冗談で消費される肴に過ぎない。


 でも――それでも。

 カルネは違った。

 ただ愚直に信じた。

 藁にもすがる思いで、ボロボロに崩れてやせ細った腕を握った。


 そうでなければ故郷が終わる。故郷が壊れる。

 とても小さな村だ。誰に村の名を告げても知る者のない様な。

 それでも、そこは。

 カルネの故郷で、家族も住む大切な場所だ。


 母はもう『五年掛かり』に奪われてはいるが、まだ父は生きている。いつもおかしなことをやって笑わせてくれた父は生きている。そんな父だってあと二年の猶予もない、病持ちだ。


 何より。

 カルネの胸を苛み、掻きむしりたくなるように苦しめているのが、妹の存在だ。

 父と母の歳いってからの子で、まだ八歳。

そんな子があと半年で死ぬ。


 三つの時に『五年掛かり』を患って、それから一年一年数えていく。

 それがどれだけカルネの心を切り刻んだか。

 故郷も、家族も、何もかもをぼろぼろにされて、このままでは最後に一番苦しい死に方を強いる『五年掛かり』に出迎えてくれる人間を誰一人奪われてしまう。苦しみ、喉を掻きむしりながら死んでいく妹の姿なんて、カルネには我慢できなかった。


 だからカルネは旅に出た。

 故郷を、家族を、救うために。

 母のように見捨てないために。

 だから、だから、だから――カルネは。


 息を詰めるように目が覚めてみれば、そこはベッドの上だった。目に入るのは天井。腕を上げてみれば点滴が繋がっていた。

(ここは病院……いや、診療所って所かい……)


 視線を巡らせてあたりを見れば、ここが小さな部屋だということが分かる。着ていた服は簡素な寝間着に着替えさせられ、置いてあるテーブルには紙袋が一つ。窓から外を見てみれば、陽は少し西に傾いていた。


 どれほど眠っていたのか。そもそも自分がいつ倒れたのか分からない。

 覚えているのはあの二人に対する申し訳なさと、体にまとわりつく水の重さ。死に対する恐怖より、自分のせいで目的を果たせない不甲斐無さと悔しさ。結局、自分が今ここに居るということ、ベッドの上でぬくぬくと点滴を受けているということは、誰かに助けられたということ。助ける、ではなく。自分自身が守られたということ。


 鳴り響く奥歯はとても痛々しかった。歪む目元は己の苦い感情が表れていた。ずいぶん震えの収まった腕を持ち上げて顔を隠すのは、睨む自分の愚かさに流れる感情を止められそうになかったから。


(……、……ッ! 自分一人の命すら誰かに守られて、なにが故郷だ……ちくしょう。――チクショウッ)


 肌も髪も唇も、何もかもボロボロで。つるはしを何度も振るって潰れたマメが並ぶ手には、今は包帯が巻かれている。


 こんな状況で。

 こんな状態で。


「いったい何を守るって言うんだいっ!」


 ドンッ! とベッドが揺れる。握りしめたこぶしがブルブルと震える。


(砂金なんていう高価なものを売らなけりゃあ買うことも出来ない薬……それも、一回二回の投薬じゃあない。何回も、何回もだ! ……自分がやろうとしてることが無謀だなんてわかっているさ。でも、そうであっても! 家族を、故郷を助けるために必死になってやってきたんだ。伝承を、文献を、漁りに漁って、頑張って頑張って頑張って! やってきたんだよっ。なのに、アタイは……っ!)


 もういちど、震える腕が持ち上がっていく。無意識に。臨界点を突破しベッドを殴りつける――ちょうどその直前で。


 ココンッ――と。

 部屋の扉が叩かれた。

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