3―1

「アヤメんところのケーキ屋さんさ、ケーキ余ったりする?」


「まぁ、余る時はあるが……何でだ?」


「ピーちゃんにあげようと思って」


「ピーちゃん?そいつは誰だ?」


「雛」


「雛ぁ!?」


紅茶をむせるアヤメ。

ひとしきりむせ込んだあと、苦しそうに尋ねた。



「……それ、この間の燕の雛か?」


「うん、ピーちゃんって名前つけた。ピーちゃん壱号、ピーちゃん弐号……」


「番号かよ。ピーちゃん、ねぇ……。また何て安直な」


ネーミングセンスが悪い、と直に言わないのはアヤメなりの気遣いなのだろう。

「名前はさておき」と軽く流したアヤメは、真面目な顔で続けた。


「ケーキはダメだぞ?鳥にとっては毒だ。お前さんと違うんだからな」


「えー……いつも虫ばっかりで可哀想だから、たまにはデザートでもと思ったのに」


「動物には食えるもんとそうでないもんがあるんだよ。寧ろ燕にとっては虫がごちそうみたいなもんさ」


「そっか……そんなもんか……」


残念そうに呟く瀧聲。

その様子を見て、アヤメが「へぇ」と珍しそうな声をあげた。


「食い意地の張ったお前さんが、雛のためにケーキねぇ。よっぽど肩入れしてるな」


「……ただの好奇心だよ。何となく、放っておけなくて」


何となく――その理由は、瀧聲も分からない。

ただ、様子を見ないと気が済まないのだ。


興味深そうに瀧聲を見ていたアヤメが、声のトーンを低くして尋ねた。


「まさか、育てるんじゃないだろうな?」


「いや?差し入れをするだけだよ。子育ては親燕でじゅうぶん」


瀧聲はガタッと席を立つ。


ケーキがダメだと分かった以上、ここにいる理由はもうない。

アヤメは紅茶を一口すすると、瀧聲の背中に声をかけた。


「ほどほどにしとけよ。あまり近づきすぎると、後々厄介だ。……いろいろな」


『いろいろ』――口調はさらっと軽いのに、その言葉だけ何処か重々しい。

アヤメの言葉には特に返答せず、瀧聲は振り返って軽く頭を下げた。


「アドバイス、どうも」

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