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それから瀧聲は、あの燕の巣に何度も通った。

普段は道すがら眺めて、気が向けば梯子を使って様子を見て。

卵を食うわけでも、巣を取るわけでもない。

ただ、気になるのだ。


純粋な好奇心がそうさせるのか、それとも――



「何でだろうね?」


梯子の上に器用に座って頬杖をつく瀧聲。

答える声はなく、雛四羽のピィピィと親を呼ぶ声が響く。


夜行性である瀧聲が活動を始めるのは夕方。

親燕は餌を取りに行っているのか、まだ戻ってこない。


「一緒にいたって、君たちとお喋りできないのにね」


そう言って、コンビニで買ってきた唐揚げを口に放る。


元梟が燕の雛を見ながら鶏の肉を食う。

果たして、これほどまでにシュールな光景があっただろうか。


友人のアヤメがその場にいたらツッコんだかもしれないが、不在の今特に咎める者もいない。


――本当、どうして僕はここに来ちゃうんだろう?


まだ毛も生え揃っていない、焼き鳥みたいな雛を眺めながら、ふと思い出す。



「ちょっと、懐かしいな」


瀧聲にもかつて、こんな頃があった。

遠い昔の、梟だった頃の記憶。


母鳥と、兄弟が二人。

瀧聲は一番遅くに生まれた末っ子だった。


体格が小さく、兄たちに餌を横取りされる日々。

母鳥もそんな瀧聲を気にかけてはいたが、野生の世界は情で何とかなるほど甘くはない。


今、食べ物を見かけると暴食してしまうのは、そんな境遇に起因するものなのかもしれない。



「あの時は、大変だったな……」


つい感傷に浸ってしまい、瀧聲は首を振ると唐揚げをつまむ。

巣や雛鳥を見ていると、何となくかつての自分と重ねてしまう。


――この子たちも、きっとこの先大変なんだろうな……。


まだ生まれて数日も経たない雛たちは、これからが成長盛りだ。


「どの子が上で、どの子が末っ子なんだろう?あ、この子が一番かな?」


独り言を喋りながら、雛をじっくり観察する瀧聲。

違いがないか探すが、微妙なサイズの違い以外雛を区別するものが見つからない。


「うーん」と唸った瀧聲は膝を叩いた。


「分かんなくなっちゃうから、名前つけてあげる。そうすれば区別つくでしょ」


根本的な解決になっていないが、瀧聲は満足げだ。

ツッコミ不在のまま、一人名前決めが始まる。


「ピヨちゃん?ピーちゃん?ツバ吉?……は、ちょっと古くさいか。ツバ次郎?」



雛一羽一羽を指差しながら、普段使わない頭を巡らせてじっくり考える。


その無表情な頬がほんの少しだけ緩んでいることに、瀧聲は気づいていなかった。

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