第81話 一夜明けて

 その病室では治療を終えた真人が眠っていた。

 時刻は深夜というべきか早朝と言うべきか。


 友紀はずっと付き添いを続けていた。虚ろな目はしていないが、心配でいっぱいな表情ではあった。

 専門的な事は当然医師や看護師に任せてはいるけれど、それ以外の事は友紀が行っていた。

 テレビドラマ等で見られる脈を測定する機械等は付けられていない。


 それはそこまで深刻な状況ではないということが窺える。

 そうでなければ、友紀の目は虚ろなままであったと思う。



 それから時間が経ち朝を迎える。友紀はいつのまにか付き添い用のベッドには入らず椅子に座り真人の眠るベッドに伏せていつの間にか眠っていたようだ。

 あれから一晩、真人はまだ目覚めてはいない。

 呼吸はしているし、は問題ないと昨晩医師は話していた。



☆ ☆ ☆


 昨晩の事……

 救急車で運ばれ、真人はそのまま治療に入った。


 準備会スタッフは友紀から事情を聞こうとしたが、放心し心ここに非ずといった友紀からは話を聞けなかった。

 2時間かからずに治療が済み病室に運ばれてきた。

 そこで医師からは大事には至っていない。

 けれど数日は入院が必要だと伝えられる。傷口が安定するまでの辛抱だと言う。

 それは年越しは病院でという事になる。


 その後準備会から連絡を受け病院を教えて貰い、後から駆け付けた千奈とレディースの子達も病室に着く。

 レディースの子達を病室に残し、千奈は友紀を連れ別室で準備会スタッフと話をするため移動する。


 そうは言っても千奈は最後しか立ち会っていないので話は直ぐに終わってしまう。

 しかしスタッフは夏の時の事を知らされている人であった。

 危険人物が来るかも知れない事は準備会の中でも話には出ていたという。


 千奈は友紀の背中を擦りお兄ちゃんは大丈夫だからと励ましている。


 やがてスタッフの元に連絡が入る。

 男に付き添ったスタッフからだった。


 友紀と真人の事を話し、全てを失う要因となった友紀をめちゃめちゃにするために起こした行動だと話していたと電話を切った後に教えてくれる。


 完全に逆恨みなのだけれど、それでこんなにも執拗に狙われる筋合いはない。

 真人側の説明とも照らし合わせた上で今後どうするか決めるとの事だった。


 暴行・障害事件であるし、殺人未遂も加わるかもしれない。脅迫なんてのもあった。

 刑事事件にはなるだろうとの事だった。治療完了と同時に事情聴取逮捕という流れで警察から説明を受けたとの事。



 友紀も真人もあの男が以前友紀に酷い事をした後に、職を失った事とかまでは知らされていない。

 そこら辺は三依が行った事であるし、懲戒処分を下したのは男の会社だ。

 それは妥当であっただろうけど友紀達が知る由もない。


 完全に八つ当たりであるし自業自得で色々失っているだけである。


 抑以前に男が友紀に強姦未遂をしていなければここまでの事は起きていなかった。

 

 今回の事で友紀が再び男性恐怖症に陥る事は否定出来ない。

 大雑把であっても過去の話を聞いた事のある千奈には不安が過ぎる。

 これで友紀が真人と一緒にいる事を否定したらどうしようと。

 せっかくプロポーズまで秒読み段階だったというのに。


 男は数年前の強姦未遂では逮捕はされていない。

 会社はクビとなり職は失っているが……

 そのせいで家族仲は悪くなり自暴自棄になっていた事は想像に易い。


 自分で居場所を無くしておきながら他人のせいにするとは言語道断である。

 

 後日話を聞かせて貰うという事で千奈とスタッフは連絡先を再度交わしスタッフは一度病院を退出していった。

 家族ではあるが友紀が付き添うし、レディースの子らもいるためこれ以上の人数は流石に付き添い宿泊は出来ないためだった。


 そのため千奈とレディースの子らは近隣のホテルに宿泊する事にし、病院を出る。

 また朝来るからと。


☆ ☆ ☆

 

 朝看護師が病室に来ると寝たままの真人を色々確認していく。

 腕には何やら点滴を施している。

 

 幸い輸血が必要な程血は流れていない。

 それでも目覚めなければ友紀の不安は拭いきれるものではなかった。

 

 昼前になると看護師が点滴を外す。未だに真人は目覚めない。

 朝来ると言っていた千奈達もまだ来ていない。


 看護師がお湯とタオルを持ってやってくる。


 身体を拭くためのようだ。

 とは言っても身体を動かすわけにもいかないので表側だけのようである。

 治療する際に元々真人が着ていた衣服は剥がされている。

 今真人が見に纏うのは病院支給の人間ドック等で着用する検査着のような寝間着である。


 元の衣服は纏められて置いてあった。


 「わ、私がやります。」

 友紀はそう言うけれど、こういうのは専門的な知識や技術を持った人に行って貰う方が良い。

 看護師もそこは譲れない業務なのではあるが、折れて一緒に行う事になった。

 正確には拭き方を見て学んで欲しいという事で横で見る事になった。


 友紀としては真人の身体を他者に晒させるのを嫌がり、不必要に触れさせたくないという思いがあった。

 

 看護師は仕事の一部なのだから良くも悪くも業務的にしか行わないので対象の性別や年齢はどうでも良いのだけれど……

 友紀は色々勘違いし極端な考えに捉えてしまったために先走る形となってしまった。


 


☆ ☆ ☆


 「真人さんごめんなさい。友紀は穢れてしまいました。必死なあまり好奇心もあるあまりを犯しました。」


 看護師が退出した後、頬を赤らめた友紀が懺悔していると、ノックを鳴らすが返事を待たずに病室に千奈が入って来る。


 「おはようございます。あ、友紀さん少し顔色良くなりましたね。」

 千奈は友紀と真人と両方を差して言った。

 ずっといる友紀にはその変化は良くわからないが、10時間以上経っている千奈からはその違いに気付く。


 「朝から点滴してましたし。それに……あ、あの。か、し。」


 「あ……それはお兄ちゃんご愁傷様です。もっと別の機会にしたかったでしょうし。内緒にしときますか。」


 「ということは友紀姐さん……見た……って事ですよね。」

 疑問符はない。確認というべきか確信というべきか。

 千奈は指を真人の股間部分を差している。


 友紀は恥ずかしそうに首を縦に振る。ほとんど看護師の方がやりましたけどとは言うが小声で聞き取れはしない。


 しかし千奈はこれ以上の事を言わない。

 昨晩の事で再び男性恐怖症云々と結び付けられるのを避けるために。

 もっとも、友紀の様子を見れば少なくとも真人に関してはその心配はなさそうに感じる。


 カーテンが開けられ、外から太陽光が差し込んでいる事も、真人の顔色が良くなってきている要因かも知れない。


 「友紀さんも一度休んだ方が良いですよ。この辺に温泉の出る銭湯もあるみたいだし行きませんか?」


 「その間は彼女らが見てくれますから。」


 「ちぃーっス。姐さんも少し休んでください。」

 昨日会場で挨拶してきた時より声のトーンを落としてヤンキー挨拶をしていた。

 病院だという事で気配りは出来ているようだった。

 

 千奈や彼女らは友紀の様子からろくに休めてない事は筒抜けである。

 目の下のクマがそれを如実に物語っていた。


 それに逆の立場であれば、自分も落ち着いて休めてはいないだろうなとも思っている。

 事実近隣のホテルで一泊はしたけれど、備え付けの風呂に入り布団に入ってはいるけれど、ただそれだけの事でぐっすりと眠れたわけではなかった。

 朝一で病院に来れなかったのは昨晩の事で警察に話をしに行ったためであった。

 


 「まさか自分の喧嘩以外でマッポと話す事になるなんてね。」


 「マッポ上等っス!」

 レディースメイクをしていない彼女らは妙に可愛い。

 まだまだ千奈より少し若い程度なので肌の艶も違う。


 まだ幼く可愛い少女がマッポ上等なんて言えばそれこそ「可愛い~」としか言えないのである。


 女子プロレスラーも悪役メイクを止めれば可愛かったり美人だったりする。それと同じである。


 「三依さん達にも連絡は昨晩のうちに入れてあるので、時間によってはお見舞いに来ると思いますよ。」


 コンコンとノックが扉の向こうから鳴っている。

 どうぞと声を掛けると扉からは、昨晩から今朝の担当看護師月見里環希やまなしたまきが入って来る。


 「私は勤務上がりとなりますので本日日勤の者と変わりますね。あ、基本的には私が担当になりますので。」


 月見里さんは病室内の密室度に少し戸惑いを覚えている。


 「え~と、皆様奥様ですか?」


 「妹です。」「その舎弟っス。」×5「……未来の奥さんです。」 


 「あらあら、てっきり越谷さんのハーレムかと思ったのに。」


 「お兄さんになら色々捧げても良いっス。」×4 「私は千奈さんに全てを捧げるっス。」

 1名ガチ百合が混ざっている。心身共に千奈に心酔している子は最年少であった。


 「真人さんは私の旦那さんです。未来のですけど。」



 この言葉を聞いて安心している千奈であった。

 昨晩の事でこれまでの全てを手放す事がないと知れただけで今は充分だった。


 「それでは私は失礼します。」

 月見里さんは退席していった。

 「あ、お姉ちゃん遅いよ。」という声が直後に聞こえていた。


 「さ、早く起きてよ。お兄ちゃん。」


 真人を一目見て寂しそうに千奈は呟くと、友紀と千奈の二人は病室を出て、近くにあるという黒湯の銭湯へと向かった。


―――――――――――――――――――――――――――――


 後書きです。


 もうねもうすぐ2月なんですよ。

 クライマックス?

 あれ?お腹に怪我してHな事出来るのって?

 そこは気合。


 それと怪我の具合は次話で出ます。

 前話で血の量がと出しているのである程度予測は出きているでしょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る