第80話 死闘の果てに

 「真人さんっ!」


 真人の耳にはこれまで聞いたことのない友紀の大きな声が響いてくる。

 痛みには正直堪えるけれど今はその声が励みとなったのは間違いない。


 駆け寄ってきた友紀は刺されたお腹付近には触れず顔の真横に膝立ちに座る。

 その悲痛な顔を見て真人は手を伸ばす。


 その手を友紀は取り両手で包んだ。

 じりっじりっと迫りくるあの男を真人の目は捉えていた。


 「だ、大丈夫だから。」

 もう片方の掌を地面に付いて上半身を起こす。

 

 「立ち上がっちゃだめです。お腹っ、血出てますっ。」


 確かに2ヵ所刺されたな、他にも腕には切り傷もいくつかあるのを真人は思い出していた。

 

 「あいつが来る。俺の後ろに隠れて。」


 ゆっくりと立ち上がり膝をついてそれを軸に立ち上がる。


 男との距離は数メートル、普通に歩ければ2秒もあれば接吻出来る程度の距離。

 腕と腹にダメージのある真人と、右足にダメージのある男。

 満身創痍の二人が対峙する。


 「お前がどんな理由で友紀さんに近付き執拗に狙うのかは知らない。だけど、テメーはやりすぎた。」

 真人の右手拳は既に握られている。込められた拳は友紀を執拗に狙う男への怒りと自身の痛みを堪えるためのもの。

 二人分の力が込められている。


 友紀は真人の真後ろでその様子を見ている。動けない身体がもどかしいと思いながらも男に対する恐怖と真人に頼りたい思いと迷惑かけたくないという思いと。


 「テメーにそれを言う必要はねぇ。俺は命以外もう失うものはねぇ。ここまで堕ちる要因はめちゃくちゃにしてやるぅ。」


 「邪魔をするテメーをって、そこの女を大衆の前で処女ま……ぶべぇっ」


 真人は最後まで言い切る前に握っていた拳を男の顔面に叩き込んだ。


 「下品な言葉使って呼び起こしてんじゃねーよ。」

 大衆……大勢の前で吊るしあげられる事は真人にとってもトラウマであった。

 吹っ切ってはいても思い出したくはない高校時代の記憶がある。

 

 振りぬいた時の衝撃で腹から抜け落ちたナイフが、偶然とはいえ真人がよろめいた時足に当たり男の元へと戻る。

 しかし真人はそれに気付いていない。


 よろめき崩れ落ちた真人を背後から友紀が支える。

 真人の血は友紀の衣服や手にも付着している。

 想定していたより真人の腹から滲み出る血の量が少ないのだが、友紀はそこには気が付いていない。


 「でべぇ、しゃべっへるとじゅうでなぐるどか……」

 命の危険を感じているのに、卑怯も何もないのだがそれを今説いたところで状況が変わるわけでもない。

 真人は流石にこれはまずいなと思っているが、支えてもらっている友紀のない胸に後頭部がヒットしていて動きたくない……なんて微細ながらも頭を過ぎっていた。


 正直あれだけの打撃ダメージがありながらも立ち上がる男の執念深さには辟易しかけていた。

 今の状態から立ち上がって完膚なきまでに打倒するのは、腹の傷のせいで出来そうもないと真人は実感していた。

 それに、友紀が自分の身体を抱きかかえて立たせてくれそうにもなかった。



 痛いであろう顔面と右足をどうでも良いと踏み、男は左足を力点に近寄って来る。


 「だめだ、友紀さんは逃げて。」

 真人は必死に説得する。


 「それこそだめですっ。」

 友紀が真人を抱きしめる力が増す。刺された付近に触れているわけではないけれど、実は真人へのダメージは加算されている。

 お腹の痛みと頭に当たる旨の感触……所謂痛気持ち良いというものを味わっていた。


 迫る男の様子を見て、救助救援をしようと何人かが近寄ろうとするが男はナイフをチラつかせ牽制をする。


 「お前ら邪魔すんじゃねぇ、近寄ったらテメーらも刺す!」


 右足を引きずり、左足でケンケンするように真人に近付く男。


 真人や友紀を遮るものは何もない。

 男はあと少し近付いて、ナイフを持つ手を振り上げて下ろすだけ。倒れ込むように刺す事も出来る。 

 男がナイフを持つ手に力を入れた時、横から何かが男には見えた。


 「ふっ」

 「ぐへぁっ」


 突如現れた足が男の手を蹴り上げ、ナイフはそのまま空中を回転しながら舞っていく。

 「はっ」

 「ぐはっ」


 そのまま男の腕を取り、体育の授業で習う時のお手本のような一本背負いを決め男はろくな受け身も取れずに背中を地面に強打する。


 叩きつけられた後、袈裟固めを決められ男は身動きも取れず左足をバタバタさせてもがく。

 直後、先程舞っていたナイフが……

 男の股間に見事に落下する。


 その様が見えていたからか、男は「ひっ」と声を挙げるが。

 蹴り上げて自由落下した程度では突き刺さったりする事はない。

 ジャージだったために無傷というわけにはいかないだろうけれど。

 「あぎゃっ」

 ただし、股間にぶつかった時の衝撃でそれなりの痛みを与えるには充分だった。


 「お兄ちゃんッ大丈夫?」

 男のナイフを蹴り上げ、一本背負いで地面に叩きつけ、現在袈裟固めで男を押さえていたのは……

 戻りが遅いからと捜しにきていた妹、千奈であった。


 その瞬間スタッフと警備がようやく辿りついた。


 男は警備員に掴まれ抑えられる。

 


 「千奈……車は頼んだ……」

 真人は右手をズボンのポケットに手を入れた。


 「ほぇっ」

 ポケットから取り出した鍵を真人は駆け寄った千奈へと手渡しす。


 「わかった。ってお兄ちゃん!?」

 それだけ言って真人の意識は手放されていた。


 「真人さんっ真人さーーーんっ」

 友紀の悲痛な叫びは、周囲の騒めきに掻き消される事無く響く。


 やがて到着した救急車に真人は乗せられ、友紀はそれに付き添いとして同乗する。また。準備会の人も1名事情聴取のため同乗していた。

 「この番号に連絡ください。」

 千奈は持っていた兄の名刺に自分の電話番号を書き準備会スタッフへと手渡す。

 友紀は憔悴しており連絡する事が困難だと踏んだためであった。



 警察も到着していたのだが、もう一台の救急車に男は乗せられ、警察官が1名同乗し出発していった。こちらにもやはり準備会の人が同乗している。



 千奈はその様子を確認すると真人の車が停めてある駐車場へと急いだ。

 



――――――――――――――――――――――――――――


 後書きです。


 あっという間に例の男は撃退しましたが、真人が負った傷は軽いものではなく。

 救急車で運ばれる事に。


 真人と男が同じ病院に運ばれるかわからないけど……


 準備会を通して見ていた人たちの情報を集め真実事実は把握される事になるかと。


 当人同士の証言なんかも確認した上で。


 千奈は真人の車でレディースの子らと病院へ向かうでしょう。

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