第74話 今年はシングルベルでベリークルシミマスではありません。

 ハロウィンでようやく名前呼びして貰えた……と思って喜んだのも束の間。

 その後すぐに小さな声で「さん」を付けられた事により少しがっかりの友紀。


 それでも一瞬だけでも自分の名前を呼んで貰えた嬉しさがないわけでもない。

 時間はまだある。クリスマスもある。初詣もある。なんなら誕生日もある。

 どこかで、どこかまでには名前で呼んで貰いたい、そう思う友紀。


 幼い頃はお互いにあだ名というよりは愛称で呼び合っていた。

 引っ越してからは昨年まで会ってない。

 正確には小・中学の時に会っているけど互いに認識していない。



 小学校の卒業旅行でねずみの国へ行った時の駅の売店での事。

 売店でMAXコーヒーを同時に手を取った。

 あの頃はチバラギコーヒーと揶揄されるような時代。

 まして12歳の子供がコーヒーを買うという事自体が早々あるわけでもない。

 あの時に触れた手の感触は中々忘れられなかった。


 中学の頃、通学路にある自動販売機で購入しようとしたところで先約がいて買っていたのがMAXコーヒー。

 続けて友紀が買ったのもMAXコーヒー。

 中学生ともなれば子供でもコーヒーを飲む人は増えてくる。 

 それでも甘さ高めのMAXコーヒーを買う人は少ない。

 なぜならば千葉と茨城にしか売っていない。そこは埼玉県と隣接するぎりぎり茨城県だった。


 いずれの時もほんの少し会話をしただけで名前も何も話してもないし聞いてもいない。

 それでも思い返してみれば懐かしい感覚を友紀は覚えていた。


 感覚というのは嘘か真か、女性の方が優れているのかもしれない。

 大人になった友紀は、あれが真人だと気付いた。


 思い返すと、小学生の時は彼が友達に「真人、行くぞー」と呼ばれていた。

 中学の時は、「越谷」と書かれたネームプレートをつけていた。


 もちろん中学の時は制服だったので友紀も、「金子友紀」とフルネームのプレートが左胸に付けられていたのだけど。


 友紀がその話を三依にしたところ、「あの鈍感め、ニブチンめ。ラノベ主人公め。」と言っていた。


 大人になって偶然再会し名乗る機会があったが、最初からお互いに名前の後ろには「さん」が付いている。

 色々複雑な事情があるとはいえ、呼び捨てにすることはない。

 実は幼い頃近所に住んでいた幼馴染だとわかった現在でもそれは変わらない。


 友紀は少しだけ不満だ。

 結婚を前提に付き合っているのに未だにさん付けな事に。


 もしかしたら自分も変われば呼んでくれるのかも?なんて思わないわけでもない。

 元々大人しい性格で物腰も柔らかいために、年下家族以外を呼び捨てにする事が出来ない。

 実のところ、妹である霙しか呼び捨てにしていない。


 他人からすればそんな些細な事と思われるが、友紀にとっては性格もあってハードルが高い。


 無理して呼び捨てにしようとすると……口角がおかしくなる。


 「ま、ま、まこっまこ……まこ。」

 意識すると最後まで言えなかった。


 「まこっ、まこ……まこと………あぁぁぁぁ、どうにもこうにもまこっちゃん。」

 シャ〇Qのドラマー、まことがどこかのテレビでやったネタのようになってしまう。


 「わ、私には呼び捨ては初体験より難しい気がします。」


 クリスマス、冬コミ、初詣、誕生日とイベントはあるが、果たして友紀が「真人」と呼べる日は来るのだろうか。

 真人が「友紀」と呼べる日はくるのだろうか。


 全国のお父さんがボーナスの次に大変で、カップル達が用意周到な計画を立てて、いつくつしたに大量のお菓子を詰め合わせてくれるのかと待つ子供達の祭典。


 クリスマスはもうすぐそこに。


 紅葉はあっという間に過ぎ、師走はとっくに迎え、世間ではボーナスがとっくに支給され、あとは刻一刻と待つのみとなった日。



 今年のクリスマスは違う。


 シングルベルでベリークルシミマスは昨年までの話である。

 真人も、友紀も、今年はシングルではない。

 冬コミの準備は早目に済ませてある。そのための11月の1ヶ月。

 友紀の仕込みは既に済んである。

 手作りのケーキ、プレゼント、そして白髭のお爺さんのパーティバーレル。お皿集めてるんで。

 さらには手作りのサンタの衣装。

 一つ間違えたことがあるとすれば、サンタの衣装が二つ。トナカイはない。


 既に友紀はサンタの衣装に身を包んでいる。

 事前の連絡で何時頃帰ってくる事を計算して食事を作っている。

 ご飯にする?お風呂にする?それともサ・ン・タ?を決行しようとしている。


 足音が近付いてきた。友紀には真人の帰りがわかっている。この足音は間違いない。

 三依や千奈のいたずらではない。似せたところで友紀イヤーは地獄耳なのだ。


 ガチッと鍵を入れる音がする、ガチャンと鍵を回した音がする。


 ドアノブが回り、扉が開くと……


 「ただいま、友紀さん」

 

 やっぱり呼び捨てで呼んでくれない事に少し不満は持ちつつも笑顔で迎え入れる。


 「おかえりなさい。ごはんにする?お風呂にする?それとも……あなただけのサ・ン・タ?」

 

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