第71話 友紀のプレゼントとケルト民族の収穫祭。

 「どうしてこんな格好に?」


 真人は目が覚めた。

 目覚ましがなったので目が覚めた。

 「あさ~あさだよ~あさごはん食べてデートにいくよ~」

 という友紀の声がするによって。


 

 真人が昨夜受け取った友紀からの誕生日プレゼントは目覚まし時計だった。

 大人になってからは、専ら携帯電話を目覚ましに使っていたので目覚まし時計で起きるというのは新鮮だった。


 録音機能付き目覚まし時計に、友紀がいくつか声を吹き込んだものが誕生日プレゼント。

 そのうちの一つで目が覚めた真人であった。


 一応昨夜、友紀の了承を得て録音されている声を聴いてみた。

 デートの所が仕事になってるバージョンがあった。


 ただし、一つの音声だけはどうしても再生許可が下りなかった。

 友紀曰く、恥ずか死ぬから自分がいないところで聞いて欲しいという事だった。


 そのことから察するにある程度の想像は出来るというものであるが、友紀が頑なにダメアピールするので昨晩は我慢をすることにしていた。

 

 そして現在、目が覚めたはいいが真人はうつ伏せで寝ていた。

 枕……の代わりに友紀の頭を抱いて。

 目が覚めて目線を横に流すと横顔の友紀がいるのだ。

 身体は1/3程重なっている。真人の右胸と友紀の右胸がほぼ重なるくらいで密着している。

 

 真人の右膝が……

 とても人には言えないところに当たっている。

 身動き取るのも地獄、このままじっとしているのも地獄(人によっては天国かも?)な状況に頭が追い付かない。


 以前これの逆パターンはあったが、その時も中々天国と地獄を味わったのを思い出す。

 布団で覆われているとはいえ、身動きが取れない。

 真人はこれならばいっそ目が覚めなければ良かったとさえ思った。


 生殺しは辛い。

 しかしそうも言っていられない。

 なぜならば今も目覚ましの友紀ボイスは止まっていないからだ。


 目覚ましを止めなければ恐らく自然と友紀は目覚める。

 目覚ましを止めるために身体を動かせば友紀は多分目覚める。

 どっちにしろそろそろお姫様は目を覚まされる事に変わりない。


 パジャマの隙間から何か見えてるな~とか考えている場合ではないのだった。


 目覚ましを止める決心をすると、頭を抱いていない左手で止めなければならないと思いゆっくりと左手を伸ばしていく。


 そぉっと、そぉっと伸ばす手は、痴漢か万引きを想定させるくらい緩やかである。


 電撃イライラ棒をしている気分と同じだろうか、真人の動きがぷるぷるしながら動いている。


 「よし、なんとか目覚ましは止めた。」


 その態勢のせいか、ふと視線を落とすと目の開いた友紀と目が合った。


 「お、おはよう。」


 「お、おはようございまひゅ。」


 ぎこちなく挨拶をする真人と、寝惚け眼に覚醒しきっていない脳でカミカミな挨拶をする友紀。

 残念ながら雀のちゅんちゅんもセミの鳴き声もない。

 少しの日差しがカーテンの隙間から部屋の中を照らす。

 その光が、少し開けかけた友紀の胸元を照らすものだから、真人はつい意識してそちらに目が行ってしまう。


 「あ、あの。そんなに見られると恥ずかしいのですががががが。」

 友紀が壊れたのには理由がある。

 真人の膝が股間にダイレクトアタックをかましたままなのだ。


 自分の頭を抱かれていた事よりもそちらに意識が行ってしまう。

 真人も気付いたのか、慌てて足を動かそうとするが、右手が頭を抱いたままなので、このまま右手を抜くと友紀の首を痛めてしまうかも知れない、などと思うと急な身体の移動は出来なかった。


 「ま、待って。すぐどくか……ら?」


 その態勢のまま友紀の身体が動き、さらに真人の身体と絡まってしまう。

 真人の腿に友紀の股間が挟み込むようなサンドイッチ状態となっている。


 「んっ」


 そんな滑かわしい声をだすものだから真人も友紀も朝から真っ赤になってしまう。


 「抱き枕にされてたので、抱き枕仕返しです。抱かれやられたら抱きやり返せ、倍返しだ。です。」


 その後、互いの成分を補給というか補充したかいあって普通に離れる事が出来た。

 友紀は一人トイレで悶々としていたのだが、それを真人に報告する事はなかった。

 多分、間違いなく、一歩進んできている気がする友紀であった。


 


 それからの二人は再び仕事が忙しく週末にご飯食べるくらいにしている。

 同棲しているわけではないので、何日も泊まったりしているわけではなかった。

 家が近い社会人カップルというのも実際は難しいのだ。


 一緒にいたいけれど、互いの仕事のサイクルもあるため難しい。

 

 同棲したり結婚して一緒に暮らせば関係ないじゃんという事でも、簡単にはいかない。


 そうこうしているうちにもう一つの録音された音声の事は失念していた真人。


 気が付けば明日は世間ではハロウィン。

 ケルト民族の収穫祭である。


 もっとも、日本では馴染みは薄く、幼稚園なんかお菓子を体よく貰うためのイベントくらいしかやっていない。

 コスプレイヤーがどこかの会場を借りたりして、ハロウィンを見立てたイベントを行ったりはしているようであるが。


 夏コミの事があってから友紀の外出は極端に減っていた。

 普段使いの買い物も仕事帰りにしか行っていない。

 日が暮れるのも早くなり、10月も終わりとなると日によってはコートが必要となってくる。


 現に今日の街中では、暖かい恰好をした人が多いくらいであった。

 流石にマフラーまではほとんどいなかったけれど。


 10月最終日。

 これが11月になっただけでも一気に寒くなるのを実感する季節。

 今日は仕事終わりに自宅に寄って欲しいと友紀に呼ばれている真人は、かぼちゃケーキを片手に友紀のアパートに向かっていた。


 「そういえば最近霙さんや氷雨ちゃん達に会ってないな。」


 金子邸はすぐ隣なのに顔を出していない事に気付いた。

 ひゅぅっと吹く風が首筋にひやりと辺り寒さを実感する。

 身体を丸め寒さから身を守りながらアパートの階段を昇る。


 カンカンという足音が乾いて秋なのを実感させる。


 友紀の家の玄関前に着くと呼び鈴を押した。

 ピンポーン。


 「はーい。」


 友紀の声が玄関向こうから聞こえてくる。

 どうやら元気なようだ。


 「合鍵で開けて入って来て良いですよ。」

 それは今手が離せない何かをしているという事だろうか。

 わくわく期待をしながら……なんのわくわくかはご飯という事にしておこう。


 合鍵を鍵穴に挿し、ぐりっと回す。

 がちゃという鍵が開く音が聞こえたので鍵をゆっくりと抜いた。


 「ただいまー?」 

 疑問形になったのには理由がある。


 玄関を開けると部屋の中だというのにロングコートに身を包んだ友紀が顔だけ覗かせていた。 


 靴を脱いで、かぼちゃケーキを一旦台所に置い時、真人は友紀の方を向いた。


 すると友紀がコートを脱ぐと、包帯で身を包んだミイラ男ならぬミイラ女の友紀が露わとなった。

 しかし真人はよくその包帯を見てみると、素肌に直接巻いているように見えた。

 それはつまり、包帯の下は全裸……という事ではなかろうか。


 想像した真人は……鼻血こそださなかったものの


 「とりっくおあとりーっと」という友紀の問いに、

 「とりっくおあ友紀さーん」と、真人はテンパってわけのわからない返事をしたのだった。


 そして余りの光景に真人は動転し、床に仰向けに倒れていた。


 友紀が作っていたと思われるかぼちゃシチューの香りが部屋を覆っていた。

――――――――――――――――――――――――――――

 後書きです。


 もう一つの音声……出すの忘れてました。



 そういえばこのMAXの舞台設定2010年くらいでした。

 渋谷でバカ騒ぎされる前でした。

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