第70話 誕生日プレゼントと初めてのフレンチ・キス

 「私を忘れないでねー。」


 誰に言っているのかは不明だが、元気一杯千奈来襲である。

 右手に掲げる袋は誕生日プレゼントだろうか。


 千奈は入ってくるなり飲み会に遅れてきた後輩のように元気振りまくりだった。

 「わぷっ。」

 真人と友紀は互いに離れて自分の席に座った。



 「あれーもしかして、私お邪魔でした?」

 友紀に配慮しての敬語か。それともキス寸前の二人に対する揶揄か。

 空いた左手を口元に当ててぷぷぷとやっている。


 どうやら後者である揶揄が濃厚そうである。


 「邪魔じゃないけどタイミングがな。」

 友紀は真っ赤な状態で固まっている、日光で見る温泉に浸かるおさるさんになっている。


 千奈は玄関の鍵を閉めてこたつに入った。

 「改めて、誕生日おめでとう、おにいちゃん。」


 「お、おう。ありがとうな。」

 元気に祝ってくれる妹の言葉に照れを隠せない兄・真人。

 

 「あ、そうだ。これおみや……じゃなかった。誕生日プレゼント。」

 お土産と言いかけたのを聞き逃さなかったが敢えてツッコミは入れない。

 これが千奈ジョークだというのは真人にはお見通しである。


 「おう、ありがとうな。で、今ここで開けて良いのか?」

 千奈から包みを受け取るとここで中身を確認しようとする。

 


 「いいよー。」


 袋を開けると……


 明るい家族計画、超極薄と書かれた文字が最初に見えた。

 「おまっ、これ。近藤さんじゃないか。」


 「あれ?間違った。それはお母さんからのだった。」

 真人は母親からかよっと脳内でツッコミを入れた。

 友紀もそれが何かわかっていたようでさらに真っ赤になっていた。

 大丈夫だろうか、この部屋40度くらいないかというくらい友紀の頬は真っ赤だった。


 「私からのはこっちだった。てへっ。」


 てへっじゃねーよ。妹ながらに可愛いじゃねーかよと思った真人。


 大体包装紙全然違うじゃねーか、態とやりやがったなと改めてツッコミを心の中で思った。。


 「おぉ。手作りキーホルダーか。趣があっていいな、ありがとうな。」

 旋盤とフライス盤を駆使して作ったようで、相合傘に真人・友紀と描かれた金属プレートだ。

 それぞれの家の鍵を付ければ尚風情というか趣が出るというもの。


 ただ、ねずみ鋳鉄は結構重い。

 骨組み模様だから然程でもないけど、キーホルダーとして考えると重い。


 「後輩(レディース)にこういうのが得意な子がいてさ。教えて貰ったんだ。」

 一種の工芸品として売れそうなクオリティのキーホルダーだが、趣味で作れる環境に在る後輩というのも凄い稀有だ存在だ。

 

 「良い後輩を持ったな、その子にも礼を言っといてな。」


 風情はあるかも知れないが、相合傘は改めてみると恥ずかしい。

 しかし恥ずかしいと思う一方で、それ以上に嬉しいと思っていた。シスコンと言われるかもしれないが、妹に愛されてるなとも実感する。

 せっかくの手作りなので、早速鍵を付け替える。これまで使っていたのはもったいないのでキーホルダー掛けにかけておく。


 「友紀姐さんの誕生日にはまた何か考えておきますね。」


 「是非お願いします。」

 友紀は深々と頭を下げていた。もしかすると物凄く欲しかったのかも知れない。


 

 

 その後、千奈は友紀手作り1/6カットのケーキを食べて、感動して帰っていった。

 あとはだそうだ。

 先程まで千奈の影響もあって賑やかだったが、突然去った嵐によって妙な沈黙が二人を襲う。


 ふと携帯のランプが点滅している事に真人は気付いた。

 見てみるねと言って、中を確認するとメールが入っていた。


 コスプレ仲間である白米さんとみゅいみゅいさん、五木さん、真理恵さん、そして結城を始め数少ない友人達からのお祝いのメールだった。


 「あいつら……」


 メールを読んで思わず暖かい気持ちになっていた。

 過去の事があって極力他人との関わり合いを避けてきていた真人だったが、今はただ……誕生日にお祝いをしてくれる彼らに感謝の念を覚えていた。


 「どうしました?」

 携帯の画面を見ながら優しく微笑を浮かべる真人に、友紀は不思議そうに質問をする。


 「人との繋がりってのも良いもんだなぁって。今年は良い事だらけで良かったよ。」

 吉だったおみくじは確かに仕事をしていた。




 「その中でも日々絆が強くなっていくのを感じされるし。それでもやっぱり友紀さん最強だなと、マジ愛天使。」

 ウエディングなんとかではないのでご機嫌ななめではない。

 ボっとドキドキ急上昇、真っ赤を通り越しておたふくのように頬を膨らませ、ぽかぽか叩いて友紀は抗議した。


 「もー、そういうセリフは禁止です。心臓がいくつあっても足りません。萌え死させる気ですか、きゅん死させる気ですか。」

 「それなら真人さんは愛狩人か愛泥棒です。私のハートを射て狩って盗みましたもん。」


 恐らく褒め言葉として友紀は返したのだろうが、それぞれの恥ずかしい言葉によって撃沈していた。



 その後悶えた二人が正気に戻るまで、ゆうに15分は経過していた。

 お風呂がわきましたというアナウンスが風呂場から聞こえてきたためである。

 千奈が帰る時に玄関まで送ったついでにタイマーセットしていたのだ。


 

 


 友紀に先に風呂に入ってもらい、その間に台所の洗い物を済ます。

 やってる事はまるで新婚夫婦のようであるが、そこに気付いてしまうと何度思考がフリーズするかわからない。

 空いてる時間に台所の片付けを行うのは、ある意味一般的と勝手に思い込んでいる真人だからこそ気付かない。 


 真人の中では、友紀が夕飯やケーキを準備してくれたからそのお返し程度にしか感じていないのである。

 これを優しいと解釈するか、当たり前の行動ととるかは……各家庭やカップル次第である。



 真人は洗い物が終わり手を拭くと、こたつに座って先程の携帯画面を見直す。

 真理恵からのメールである。

 最後に追伸という形でこう付け加えられていた。


 「で?あなたはいつ覚悟を決めるのかしら?それと誕生日プレゼント開けなさいよね。」

 友紀から聞いて真理恵が後輩である事は知っている、しかしメールの文面に年齢の上下による敬語は反映されていない。

 どちらかというと中の良い友達からの、発破をかけられているかのような文面だ。


 友紀が受け取ったであろう郵便物(箱)がテーブルの上に置かれていた。

 差出人は天草三依……受取人は越谷真人・友紀となっている。


 これまでの付き合いで天草家と越谷家はハンドルネームだけではなく本名を互いに知っているわけであるが。

 公然と本名で何かをするのはこれが初めてかもしれない。


 今開けるべきか、友紀と一緒に開封するべきか。

 受取人に二人の名前が書かれている以上、二人で確認するのが良いように思えた。


 どうしようか悩んでいると、ちょうど風呂場から友紀が上がってくる。


 「あ、その郵便、夕方届いたので受け取っておきました。差出人も三依ちゃんだし真人さんへの誕生日プレゼントなんじゃないかと思いますよ。」


 友紀がこたつの正面に……ではなく真人の隣に入って座った。

 長方形型のこたつのため二人が入っても問題はない。密着はするけども。


 湯上りの友紀の甘くて仄かな良い匂いが真人の鼻を刺激する。

 「二人の名前が書いてあるし、一緒に開けた方が良いのかなと思って。」


 郵便物の封を開けると……


 最初に目に入ったのは、「明るい家族計画、超極薄、いちご味、メロン味の2種類同梱」と描かれた近藤さんだった。


 メールにあった覚悟とは童貞捨てる覚悟のことかっ、ク……のことかーーーーーと真人は心の中で叫んだ。


 横で友紀が固まっているのを気付いた真人。

 この赤みは風呂上りだからではない。


 「あの、友紀さん?」

 眼前で手を振って意識を確認するが反応がない。


 「真人さんは使いたいんですか?」

 唐突な質問である。

 最近色々際どい事があったのでその言葉には重みを感じてしまう真人である。

 只ならぬものを感じた真人は、その問いに対して真摯に答えなければという想いが生じた。


 「……いらないよ。」

 今はまだ……と続けたのだけど。



 「そそ、それはもしかして。早く子供が欲しいということですか?」

 友紀の言葉に真人は思い返してみる。

 近藤さんいらない、使用しない行為、それは子孫を残す為の正常な行為。

 つまり生。一番搾りではない。ある意味一番搾りになるかもしれないけど。


 「あーーーーーーちち、違います。今はまだそういうことするわけには早いというだけで……」


 「そそそ、そうですよね。まま、まだ早いですよね。」

 時刻は23時である、決して早くはない。


 「もう一つ、何か入ってたのでそっちを……」


 いたたまれなくなってきたため、話題を逸らそうと真人は箱の中のもう一つを開封する事にした。


 この様子を三依や千奈が見ていたらなんと言っただろうか。

 満場一致で「ヘタレ」である事は間違いない。

 



 「彼女に喜ばれるプロポーズ100選、彼女に喜ばれるムードの作り方、奥手な彼女の口説き方(18禁)」

 本が3冊入っていた。しかも最後の一冊は同人誌だった。某壁サークルの限定時限本、50冊しかないとネットで話題となった同人誌である。

 

 ぴろんっ

 真人の携帯にメールが届いた。

 「それを役に立てろとは言わないけど、友紀さんをちゃんと喜ばせなさいよね。もちろん色々な意味で。」


 まるでこの様子を見ていたかのようなピンポイントのメール着信。

  

 最初の2冊はおしゃれな感じのする本だが、同人誌は……表紙だけ見ると普通の男女に見えるが、きっと中では凄い事をしているんだろうなと想像できた。

 どことなく真人と友紀に似ていなくもないのだが、真人も友紀もそこまで気にはしていなかった。



 「とりあえず風呂行ってきます。」

 真人は逃げ出した。こういうのは男子の方が照れ臭くなるものである。


 

 風呂に逃げた真人を確認すると、友紀は限定時限本を手に取った。手に取ってしまった。


 そして後悔と興味が同居してしまった。


 「も、求められたら応えられるかな。」

 確実に性に対しての見方が変わりつつある友紀。

 少なくとも真人に対してだけは、前に進めていけそうな気がするという事まではきている。

 もし求められたら……拒否や逃避はしないのではないだろうか。

 下半身がきゅんとするのを感じた友紀だった。




 一方風呂場の真人は、友紀が限定本を見ているとは露知らず。

 「そういえば、夕飯やケーキで忘れてたけど友紀さんからのプレゼントは貰ってないような?」

 一緒に過ごす時間とか、ケーキとかがプレゼントという考えには至らず、ふと考えた。

 まさか自分をラッピングして誕生日プレゼントは私です。なんてことはないだろうと想定している。


 近藤さんや同人誌で少し揺らいでいるのは事実。

 夏コミ後のあんな事もあって、少し前に進めているような気になっているのも事実。

 何故か反応してしまっている股間を鎮めるには……まだ時間が足りない。


 真人のこだわりで誕生日には自家発電しないと昔から決めている。

 誕生日を神聖なもの扱いしているが故のこだわりとなっている。


 5分程湯船に浸かっているとようやく落ち着いたので風呂をあがる。



 リビングに戻ると友紀はこたつで温まっている。

 ゆらゆらと頭が揺れているのでうとうとしているのかもしれない。

 近付いて確認すると案の定友紀は目を瞑り舟を漕いでいた。


 真人が声をかけようとしたところで、友紀は目が覚めた。

 「あ、うとうとしちゃってました。」

 夕飯を作ってケーキを作って色々がんばっていた事で張りつめていたものが溶けたのかもしれない。


 友紀は立ち上がって自分の持ってきたカバンの中から一つの包みを取り出した。


 日付はまだ変わっていない。誕生日当日。


 取り出した包みをこたつの上に置いて真人に抱き着いた。

 「誕生日おめでとうございます。プレゼントを渡す前に……」


 友紀の押す力が増したのを真人は感じた。

 その力と勢いに任せて真人は後ろに倒れ込む。

  

 倒れ込んだ先はソファであり、抱き着かれたまま寝っ転がされてしまう。

 意表を突かれたのもあるが、真人はされるがままその行為に身を任せてしまう。


 目の前にある友紀の顔が心なしか潤んでいるように見えた。

 可愛くてやらしい。何を言っているかわからないかもしれないが、可愛くてやらしい。

 友紀が見せるそんな表情に真人は吸い込まれていく。


 そして真人の唇に友紀の唇が吸い込まれて……


 「ちゅっ」

 二人の唇が重なる。夏ぐらいからの友紀は積極的に行動している。

 この日も……


 「んんっちゅぱっ」

 友紀が自らの舌を真人の口内に侵入させ舌同士絡ませていた。

 驚いた真人は最初は何のことかわからず呆気に取られていたが。

 これが友紀なりのがんばりなんだなと思ったら応えないわけにはいかない。

 遅れる事数秒、真人もその舌を絡ませた。




 「んっぷはぁっ」

 友紀が唇を離すと二人の唇の間に架け橋が出来上がっていた。

 「これだけは日付が変わる前にしておきたかった。」

 友紀が話す事で唇が動き、架け橋はどちらからともなく切れて真人に返ってくる。



 この行為は先程の限定時限本の中に描かれていた1シーンなのである。

 友紀を勇気付けるには効果大だった。

 三依は本来真人からするように仕向けた同人誌だったのだが、結果的にはディープキス、これが本当のフレンチ・キスを経験する事になった。


 可愛くてやらしい。

 大事な事なので3度目を心の中で思い描いた真人だった。


――――――――――――――――――――――


 後書きです。

 今話はここまで長くなる予定ではありませんでした。


 千奈襲来、プレゼント渡す、千奈帰る。

 帰った後に風呂済ませて、友紀からのプレゼント。


 そう、まだ友紀からのプレゼント渡していません。

 別のプレゼントは貰った真人ですが。


 まだぎり誕生日当日です。

 次回は誕生日プレゼントからのケルト民族の収穫祭ですかね。


 渋谷に集まるあれはハロウィンを理解していない。

 ただバカ騒ぎしたいだけの集団だ。

 ケルト民族に謝れと思ってます。


 本来それすらも傲慢かもしれないけど。

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