第七話 錬成の秘密

なにかを纏わせた。それは、風魔法に酷似していた。魔法のようなのを付与して、攻撃することが可能なのだろうか。


「あの技、気になりますね」


猪野もどうやら興味津々のようだ。だが、今はそう余裕ぶっている場合ではない。魔王軍の幹部という実力者が、俺たちに迫ってきているのだ。あと数秒というところで追いつく。


「俺は戦うぜ」


咲は背中に背負っていた斧を装備して、構える。向かってきたキャンサーと刃を交えた。斧と槍。火力からすれば斧が勝る。でも、相手は長いリーチと軽さが長所である槍。火力重視の斧はあっという間にやられる。


「くぅっ……」


斧を地面に置いて片膝立ちをして敗北を認める咲。一方で、この戦いを同じく見ていた猪野が、


「ここは戦略で勝ちを取りに行きましょう。では、無能勇者さん。このまえと同じ作戦でお願いします」


このまえというのはおそらくゴブリンとの戦闘の時のことだ。たしか、俺が錬成で作り上げた土で相手を地面から攻撃し、隙が生じたところでアタッカーの二人が攻める作戦。


そこで、俺は土属性初級魔法である錬成を発動させる。


「主より賜りし神秘の力よ――錬成」


咲との交戦を終え、少しばかり落ち着きを取り戻すために深呼吸していたキャンサーの足元に、とんがった小さな山のような土を形成。しかし、そこはさすが魔王軍幹部。


予想していたのかはわからないが、すぐに後ろに飛んで後退していた。


「ほう。錬成で私の隙を作る作戦ですか……。それまた、なかなか良いものです。ですが、どうやら私の方が利があったようだ」


隙を作ることには一応成功した。だが、冷静なキャンサーを前にして真正面からの攻撃は不可能。着地する寸前に、猪野が背後から愛用の片手剣を振り下げる。


「残念。それも予想済み」


だが、キャンサーは身軽な動きで反射的に回転し、槍を剣に打ちつける。キィンという甲高いぶつかり合う金属音が鳴り響く。


作戦に失敗したと言って良いだろう。錬成し、敵の隙を作る――。ここまではよかった。しかし、その後が問題だった。


無防備になる空中で防がれるとは思わないからだ。


「ちっ。手間がかかる。主より賜りし神秘の力よ――バーン」


火属性初級魔法を猪野と向かいあって絶賛好戦中のキャンサーの背後に攻撃する。しかし、猪野をいとも容易く振りほどいて地面に尻もちを猪野がつき、キャンサーはまた回転して槍で受ける――。


と思っていた。なぜ、っていたなのか。それは――。キャンサーのもつ槍から発せられるなにかと、バーンがぶつかったのか、攻撃が通らずにキャンサーの目の前で爆発した。


「火球のような小さい攻撃ならば、我がならば容易くガードできる」


防壁玉。それがなにを意味するのか、すぐにわかった。槍をよく見てみるとそこには持ち手の十字架のようになっている部分に玉が埋め込まれていた。


そこから緑色に光る障壁――。つまり、バリアが発生してたのだ。バリアを張れて、さらに自分自身による行動力で防御性能に特化した槍使い。


こんなチートじみた実力者相手に俺たち平凡冒険者が適うはずがなかった。PSとバリアのかけあわせ。それは、紛れもなく強敵そのもの。


ほんとうに、俺らで勝てるだろうか……?不安になってきた。


「勇者というのはこんなにも、弱い生物でしたか……。フッ。失望した」


槍を人差し指だけでくるくる回転させて余裕そうにしている。ほんとうに、余裕なのだ。俺たちには、現時点での打開策はない。


ここは逃げるにこしたことはない。


「なぁ、ここは一旦退いて対策を練った方がいい気がするのだが」


無能勇者と言われた俺が撤退を提案するなど、それこそ説得力皆無に等しい。でも勝てない相手に殺られて死ぬよりましだ。


どうだろう。後ろでエルザと一緒に見守っていた彼女も頷いてるではないか。


「俺たちが、なにも成果を上げれず撤退したらどうする。それこそ、死ぬよりも辛いことだと思わないか」


猪野は全否定だ。この、わからず屋ぁぁぁあ!!と、思わず叫びたくなる。そして咲もまた口を開いて否定してきた。


「俺も猪野と同じだ。やっぱり、勝てない相手に勝って、良いところを見せつけたい」


それはお前の自己満だろうがとツッコミたい。たいけど――。俺はそんな彼らの意見を、心の底では尊重していたのかもしれない。


「――ったく。仕方ねぇ。提案した俺ではあるが、ここは協力させて貰うぞ」


「ふんっ。お前の助けなどいらん」


「君がいなくとも、僕たちは勝ってみせるよ。無能勇者」


咲と猪野が俺には逃げろと言っているように思える。しかし、そこで逃げたところで無能勇者という扱いが酷くなるだけと悟った俺は、あいつらが否定したのと同じように。


「へっ。無能勇者ってうるさいな。その一言、無に返してやる」


俺は、猪野と同じ片手剣。愛剣を実は腰に刺していた俺は鞘から引き抜いて抜刀する。そして、構えてキャンサーに突進する。


でも、俺とて作戦が無いわけではない。自慢の魔法――錬成を駆使するのだ。読んだ本によれば、錬成という魔法は初級魔法ではあるが、その使い勝手の良さは上級を下手したら上回ると書いてあった。


使い勝手の良さ。そう、錬成には隠された秘密があった。それはつまり、


(……イメージ。想像力が俺は豊かとは言えない。でも、今、手に持ってる物を具現化させるのは容易い)


そして、錬成によって完成したのは――。


「二刀流の出来上がりだ」

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