第12話 水無月リコを告発する
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箱女を中心とし、グラウンドに生徒と教師が取り巻いている。後ろからかろうじて、その輪の中の様子を窺うことができた。
中心にいる箱女は、拡声器を持っていた。
強いハウリング音の中、彼女が口を開く。
『ふ、ふふ、親愛なる、愚民の皆様。私は、ある女を告発しに参った者でございます、くは、くは、なんちゃって』
箱女は噴き出し、ひとりで笑っている。
ドラマめいた状況に酔い、浮かれた様子だった。
教師らは身じろぎしていたが、おれのクラスの担任の体育教師が、ずいと前に出た。
「警察には、今連絡をした。すぐ帰れば罪には問わないでやる」と教師は高圧的に振舞った。
『話を聞いてないのかい? 私は告発をしにきたんだ。罪に問われるべきは、君達の中にいる』
告発?
笑い声を上げる生徒もいるが、多くは緊張を感じているようだった。
おれもそうだった。
背格好や喋りの調子からするに、昨日おれと一緒にいた箱女ではないような気がする。
だけど、絶対に違うという確証はどこにもない。
『私は、水無月リコを告発する』
箱女の言葉に誰もが驚き、どよめきが起きる。
いつの間にかおれの隣にいた津田響が、小さく息を漏らした。
笑いをこらえているのだ。
「どういうことだよ。水無月を墜とす方法ってのはこれのことか」
津田響に詰め寄る。彼女は挑発的な程度のまま、おれを見上げた。
「悪いことをしたら、報いを受けるべきでしょ?」
……水無月はどこにいる?
皆の視線は、二階の窓からグラウンドを見下ろしている水無月に集中した。彼女は笑みを浮かべたまま、「いやー、参ったな」というような軽い困惑を示すだけだった。
『昨日、ラブホテルが放火された。その放火犯こそ、水無月リコだ。大きな被害が出なかったのは偶然に過ぎない。若さ故の過ち、若気の至りなどという言葉では済まされないのだ!』
教師から、「どこにそんな証拠がある」などと声はあがるが、まったく力を持たない。
おれたちの学年の生徒は明らかに動揺し、そして何より強い高揚感を得ていた。
誰もが、水無月の麟粉に喘いでいたのだ。取り巻きの女子さえ、きっと同じ。
水無月に怯える生徒にとって、証拠がどうとか実際誰がやったかなんて問題にならない。
いじめのターゲットなど、ほんの些細な出来事で変わってしまう。
この出来事をきっかけに、いじめの矛先を水無月リコに向けられるのでは?
高揚の正体は、間違いなくそれだ。
パトカーの音が遠くから聞こえる。
箱女にも聞こえたのだろう。ふぅとため息をつき、懐からメスを取りだした。体育教師に刃先を向ける。
『誰か人質になってくれないかい? このままじゃ、すぐに捕まってしまう』
「くっ」教師は動揺を明らかにし、息を呑む。
一気に緊張が高まる。
おれは横にいる津田響に、ひそひそと訴えかけた。
「おい、お前も一枚噛んでるんだろ! どうするんだよ、こんなに話大きくして」
「いえいえ、もっと大きくしないと駄目ですよ」
津田響は言い、おれの背中をどんと強く押す。
「なんだよ」
「物語の主人公気取りするなら、目立ってナンボでしょうが」
津田響は足の裏で、おれの尻を蹴る。つんのめり、輪の中心で腹這いになって倒れてしまう。
見上げると、箱女がおれの背中に跨った。頬にメスの背が当てられる。
「かわいい君にしようかな、少年」
教師は状況をしばらく見つめ、「道を開けろ。怪我人が出たらいけない」と、生徒に指示をした。
「あとは警察に任せよう」
生徒から「あとは任せるも何も、なにもしてねーじゃん」と口々に不満が飛び交ったが、みな渋々、道を開けた。
箱女にメスを突きつけられたまま立たされ、盾になるように歩いた。
輪の中心から脱すると、
『以上っ! ばいならっ』と箱女はおれの手を取り、走り出した。
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