第7話 一方的であり、圧倒的優位に立つ、観察者

12

「私と貴方は、すごく似ているわ。そう思わない?」箱女は言った。

「だから、ここに来たんだ」

 箱女は寒いのか、膝の頭を内側に寄せて立っていた。

 血が通っていないんじゃないかと思うくらい青白く、骨まで透けて見えそうだった。

 箱女はもじもじとしながら、おれに言う。

「あの、脚ばっかり、見てない?」

 とっさに目を逸らした。この状態ではそうしたことさえ伝わらないかもしれないが。

「脚は『性器の蓋』ってやつだな」おれは咄嗟に言った。

 言葉に詰まることはない。

 今のおれは、似鳥洋平じゃないんだ。箱女の運命の相手、「箱男」なんだよ。

 おれは『箱男』の文庫本を開いて見せた。そのページは、74ページ。

「性器の蓋」という言い回しは、『箱男』に出てくるものだった。

 箱女は納得したように大きく頷き、。(……ような、気がするんだよ)

「蓋ね」

「ん?」

「私の蓋、開けてみたいの?」

 感じたことがない淫靡な響きに、全身が粟立った。

 毛穴が全部開いて、ジェットコースターでずっと落ちていくみたいな浮遊感が腹の底を襲い続ける。

「こっちが願わなくても、お前から開けたくなるさ」

 自分の口からこんな強気な言葉が吐き出されたことに驚く。

 箱女は拳を握り、おれの前に差し出した。手を取ろうとするが、箱女は拳を引き、後ろに隠した。

「私、蓋の鍵を持っているの」

「奪ってみせろってことか?」

「私が感じた運命が間違いじゃなかったと証明してくれたら……これ、あげるわ」

 箱女の言葉は、いちいち心を揺すぶった。

 こいつなら期待通り、異世界へ連れ出してくれる。

 そんな予感で満ちていた。

 つまらない、粘つく日常からの脱却。

 もう手の届くところに来てる!

「証明してみせる。おれとお前は、間違いなく運命で結ばれているんだ」

 おれは島を見下ろし、再び海に向かって小便を始めた。

 その間、息が苦しくなるくらいの大笑いが止まらなかった。



13

 箱女を後ろに乗せ、人けのない護見島の海浜公園沿いの国道を走っていた。

 彼女は荷台に横座りで座り、遠ざかる橋の方を見ていた。やや漕ぎづらいが、箱を被りながらでも、どうにか自転車で走る事が出来た。

 箱女はおれの腰にそっと手を回し、寄りかかる。

 箱と箱がぶつかり合って、肌どころか服さえ触れあわない。彼女の体温を想像する。女の子がどんな熱を持っているのかさえ、おれはまだ知らないのに。

 波打ち際は工業排水で濁った白い泡を立て、橋の光を乱反射し、おれたちをも照らしていた。

 自転車を漕ぐ、ぎい、ぎい、という音が、やたらと大きく聞こえた。

 地球におれたち二人きりしかいないような錯覚にさえ陥った。

 世界なんて滅びてもいい。

 ただ、二人きりでこうして走ることができたら、どんなに幸せだろう?

 海に映った月に向かって、水上を自転車で漕いでいけたら。

「あの月まで、行きたいな」と、おれは水面に映っている方の月を指さした。

「そう?」

「人間はわけもわからず月に行きたいって思うもんだろ?」

「本物の月じゃなくていいの?」

 彼女が言いたいのは、どういうことだろう。

 しばらく黙っていると、箱女はせっつくように問いかけてきた。

「ねぇ。今、何を考えているの?」

「……わからない」

「教えてよ。貴方の脳味噌をぶちまけて、考えを全部知りたいんだから」

 今は、マイナスなことを考えるべきじゃない。

 この時間、この瞬間を、もっと大切にしなきゃいけないんだ。

「おれも同じ気分だよ。お前の頭をぶちまけたい」

 月なんて安直なロマンチズムはそぐわない。おれと箱女は、もっと今みたいなやりとり、世界の常識から外れた愛情の確認で繋がるべきだ。

 おれと箱女は、護見島で一番古くからあるラブホテルに向かっていた。

 彼女は橋のエレベーターの中でこう言い出したのだ。


「面白いものがあるの。見にいかない?」

「面白いもの? 傍から見たらおれら自体が十分面白いと思うがね」

「駄目よ。それじゃあ、私は面白くない。ねぇ、箱男が、医者と女の逢瀬を覗くシーン、わかるわよね?」

「もちろん」

「私たちもやりましょうよ。


 おれと箱女には、共に島の外に出るという目的こそあれ、おそらく今日ではないだろうと踏んでいた。

 いわば今日は、目の前に広がるあらゆることに対し、一体どういう感想を抱き、共鳴し合えるかを探る日になりそうだった。過去を打ち明けられないおれたちにとって、いかに響き合えるかが何よりも重要だ。

 海浜公園の、いつもおれが橋を見つめている場所を通りかかる。

 平日の夜とあってあまり人はいなかった。

 箱女は、「あれ」と指さした。

 その先で、ぱん、と何かが弾ける音がした。

 スーパーで売っているような、安い打ち上げ花火の音だった。

 花火をしているのは、三人組の若者。(……若者も何も、おれの方が多分年下だ)海沿いの柵によりかかり、笑い声を上げている。

 Sに見せられた動画の高校生にも似ていた。

 実際、本人かもしれないと思うほどだ。

 ワックスで立ち上げられた髪型に、ナイロンのスポーツバッグ、語尾のずり上げ方、すべて。もはや間違い探しレベル。

 一瞬、絡まれてしまうんじゃないかとドキドキしてしまうが、彼らはこっちに気付いてない。

 興味は別にあるらしい。

 若者の脚元には、寝転がり、芋虫のように丸まっている男がいた。

 季節外れのダウンジャケットを着た、小柄な薄汚れた浮浪者らしき男。

 浮浪者は、若者から打ち上げ花火を次々と浴びせかけられていた。

 彼が身をよじるたび、若者から笑い声が聞こえた。

 男のうちの一人は、ずっと携帯電話のカメラを浮浪者に向けていた。

 箱女はじっと様子を見ていたが、急にそいつらに向かって駆けていこうとした。

 おれは焦り、思わず手を取る。

 頼りない、肉のついていない華奢な掌。冷たい手だ。

「まさか、助けに行こうってんじゃないだろうな。おれたちは別に正義の味方じゃないんだぞ」

「ただ気に喰わないの。ちょっと片付けてくるわ。待っててね、私の運命の人」

 箱女は手を振りほどき、若者三人へと向かい、自転車で走っていった。

 彼女は、「逸脱は悪である」という常識を覆そうとしている。その逸脱の一つである、ホームレスを守ろうとしているのだろうか?

 待ってくれ。

 。まだ、そこまで心の準備はできてないんだって。

 男たちは箱女の存在に気付くなり、笑い声を上げた。畏怖から来る笑いかもしれない。

 箱女はスピードを緩めることなく、男の一人を撥ねた。

 驚いたほかの二人が、箱女が乗った自転車を蹴飛ばす。箱女はすぐさま飛び降り、右側の男に回し蹴りを喰らわせた。

「どう、いけてるでしょ?」

 箱女はおれに向かって呑気にピースをして見せた。

 だが。

 突如、箱女は転倒した。起き上った男に殴られ、囲まれた。箱を踏みつけられる。形勢は完全に逆転した。男らはスマホを向け、彼女を面白半分に撮影している。

 遠くで起きているその出来事は、現実味に欠けていた。

 助けなきゃ。でも足が動かない。

 こわい。

 おれの人生が変わった日なんだ。傍観していたら、昨日までと変わらない。

 津田響を見殺しにした、昨日までのおれと。

 今のおれは似鳥洋平じゃない。

 彼女にとって運命の箱男なんだ、助けないと!

 箱女が、男らに蹴られる。

 腰から下は蹴られず、箱だけを攻撃されている。

 彼女はうめき声一つ上げず、立ち上がった。

 再び殴り倒される。箱から突き出た箱女の脚が暴れまわる。

 あいつらは面白がって、わざと彼女の肉体に危害を加えないのだ。

 やつらは、おれの存在にも気付いているはず。

 箱女が動かなくなったら、こっちの番だ。

「なんだよ、この女。頭イってんじゃねーの」と男の一人が笑った。

 頭がイカれてんのはお前らだ。この世界に生きる全員だ。

 何がそんなにおかしいんだよ?

 どうしていつも、全員ニヤニヤしてるんだ?

 そりゃあ、おかしかったら笑えばいいさ。

 でもみんな、そうじゃない。いつも理由なんてなく張りついた笑みを浮かべる。

 常に誰かと笑いあって、互いに同じ感覚を共有していないと、死んでいるのと同じだと考えているみたいだ。

 やつらはそのうち、箱女を殴るのをやめた。

 そして――箱に手をかけた。

 箱を脱がそうとしているのだ。おれにとって、暴力を上回る侮辱だった。

 おれが助けに入らないとわかって、好き勝手している。

 これじゃあ、箱を被っていないときと何も変わらない。

 箱を脱がすのだけはやめろ。それだけはしちゃいけない。おれの夢が醒めてしまう。

 ……夢?

 違う。現実にするんだ。

 変わるんだ!

 こんな程度のやつらが怖くて、どうやって箱男として生きていくんだよ!

「やめろぉぉったぁらとぁる!」

 自分でも何と言ったのかわからない。向こうの注意を引くことはできた。彼らは相変わらず似たようなニヤついた表情を浮かべている。

 別に強そうでもなんでもない。普通の高校生だ。おれの方が体格はいいくらいだ。

 違うのは中身だけだ。必要なのは自信と鈍感さだけだ。

 こんなやつら、怖くもなんともないだろ!?

 ……なぁ、箱男おれ

 男たちは息を吸い込むような濁った笑い声を上げながら、おれに駆けよってくる。

 一人が視界から消えた。

 後ろから激しい衝撃を喰らい、倒れる。

 自転車で轢かれたんだ。

 箱がひしゃげるのがわかる。

 おれは男の一番背の高いやつに向かって、体当たりを喰らわせる。

 男は虚を突かれたのか無抵抗に倒れた。おれはその男の顔に向かって拳を振り上げる。

 が、箱が邪魔でうまく殴れない。へなへなとした一撃を喰らわせるだけ。

 残りの二人の男が、おれの箱を脱がそうと手をかける。

 これだけは、絶対に手放しちゃ駄目だ。

 もう、あんなみじめな日常には戻りたくない。

 新しい自分を手に入れるんだ。

 おれは、自らを抱くように箱を抱きしめる。

 箱の脇がぐちゃぐちゃにひしゃげた。

「箱だけは脱ぐわけにはいかないんだよ! 絶対に!」

「はぁ? 箱なんかよりテメェの体でも心配してろよ」

 男は笑いながら、箱を蹴り続ける。

「やめろ! おれはどうなってもいい、箱だけは、この箱だけは……」

 どんなに蹴られたって、おれは箱だけは手放さない。

 まだ何者にもなれてないのに、蛹から出ちまうわけにはいかないんだよ!

 おれは起き上る。足が震える。

 ……しばらく耐えていると、箱を蹴る音が止んだ。

 おれはふらふらと立ちあがり、三人を睨む。

 ただ、見ているだけじゃない。

 こいつらの小さな虚栄心や、臆病さが、はっきりと透けて見えた。

 おれは観察者。

 一方的であり、圧倒的優位に立つ、観察者。

 おれの視線は彼らにとって、畏怖すべき暴力に姿を変えていた。

 どんな物理的暴力より容赦ない、激しい暴力だ。

「……」

 敢えて口を開かない。沈黙は暴力の純度をより高めるだろうと、肌で感じていた。

「なんだよ、こいつ気持ち悪ぃ。なんでそんなに段ボール箱が大事なんだよ?」

 一番髪の明るい男が、声を震わせる。区別のつかなかった三人の顔や特徴が、突然わかるようになってきた。

「つか、これ以上やったら死ぬだろ。やめとこーぜ」

 男たちは頷きあい、いなくなっていた。

 まわりの音がぜんぜんしなくて、きぃぃぃぃん、と耳鳴りが続いた。

 頭の芯が熱い。

 痣くらいはできているだろうが、そこまでの大怪我にはなっていない。

 勝った、のか?

 そうだ。おれはいつも怯えているようなやつらに勝った!

 箱女を護ったんだ。

 強い充足感で歯の奥がむず痒くなる。

 笑っちまうことに、あいつらはそこまでの悪人じゃないんだろう。珍しい人間ではなく、たまたま少し、集団の魔力で気が大きくなっただけ。誰もがなりうる可能性がある、平凡なやつら。おれが死んだら焦るだろうし、もしかしたら「悪いことをした」なんて花を添えてくれるかもしれない。

 善人だろうが悪人だろうが、あくまで平凡の範疇で、ただ、クズばっかりってだけ。

 今まで怯えていたようなやつらの弱さを実感できたことが、何よりの勝利と呼べないだろうか?

 あー。痛ぇ。

 でも、思ったより怖くなかった。

 殴られて痛い。当たり前だ。

 むしろ、最高の気分。

 今までおれは逃げ回り、人に話せる体験の一つしてこなかった。

 今日から違う。

 物語の主人公みたいに生きていけるんだって、はっきりわかる。

 そんな思考を遮るように、再び、ひゅるる、と花火の音がした。

 体をこわばらせる。

 あいつらの仲間が来たんだろうか?

 それらしきやつらはいないが……。

 花火を打ち上げたのは、箱女だった。

 無事だったのか。

 箱女もきっと、そこまでの怪我はしていないはずだ。

 彼女はゆっくりとこちらに振り返った。

「貴方、手紙に『助けてくれ』って書いていたわよね」

「あぁ」

「なのに、助けてもらっちゃった」

「おれたち二人に恐れるものなどない。この世の常識だって、変えられるさ」

 頭が熱い。

 おれが喋ってるんじゃない。ずっと憧れ、頭の中で育った箱男。おれの心を乗っ取ったかのように、キザに言ってのける。

 だけどおれはまだ、蛹でしかない。

「蛹から羽化するまで。おれがお前を守る。……お前を脅かし、悲しませる、すべてから」

「クサいセリフね。嫌いじゃ、ないけど」

「この臭い立つ掃き溜めみたいな世界じゃ、無難で無臭な言葉は埋もれるだけだ」

 箱女はただ、手を差し伸べた。

 おれのかわりに生きてくれる人間なんて、誰もいない。

 そうだよな、兄貴。

 自分から変わろうとしないやつに、何ができる?

 おれもそっと、箱女に向かって手を伸ばした。

 が、箱女は手をパッと引っ込めてしまった。

「へ?」

「あれ」

 箱女はこちらに注意を促すよう、若者から暴行を受けた浮浪者を指さした。

 いいところなんだ、邪魔しないでくれ。

 彼は蹲った体勢からのそのそと起き上り、華奢な脚を組んで胡坐をかいた。言葉は発さなかったが、好意的な雰囲気を箱女に向けているように見える。

 顔は垢や泥にまみれていて人相はわかりづらかったが、痩せており、まだ若いようだ。

 ふと沈黙が訪れた。箱女は、地面でつま先を叩いた。

 すると。

「……っ!」

 男が、短く息を上げる。

 箱女が、ホームレスの脚を蹴ったのだ。

 無言のまま。

 腹を蹴った。顔を蹴った。

 おれは目を疑った。説明のない暴力だった。先ほどの若者らの暴力には、自己顕示欲が見え隠れしていた。箱女のそれは意味を読みとることが全く出来ない。

 おれは箱女を羽交い絞めにしようとしたが、箱のせいでうまくできず、仕方なく箱の両端を持った。箱女は構わず蹴り続けた。

「やめろって! どうして、助けたのに……」

「別に助けたかったわけじゃない。正義の味方になりたいわけじゃないわ。さっきのやつらとこいつは同じ目をしている」

 箱女の声はあくまで淡々としている。怒りのない暴力は、ダンスのようにさえ見えた。

「いいからやめろよ!」

 箱女は答えず、リズムを崩さず蹴り続けた。

 今喋っていることと今の行動は、繋がっているのかいないのか。おれにははっきりはわからなかった。

 わからないのが、すごく気持ちよかった。

「……」

 いつの間にかおれは傍観していた。もう彼女を止めなかった。

 ずっと、君みたいな人を求めていたんだ。

 到底理解できない、逸脱を。

 偽りの虹の灯りの下。

 箱を被った女が、ホームレスを蹴り続ける。柔らかそうな、青白い脚で。

 おれは傍観者のまま、同じ虹の橋に照らされていて。彼女となら、世界を変えられるんじゃないかって……そんなことすら思った。

 自分の知っている人間とは違う理屈を持った彼女となら、と。

 男は立ち上がると、そんな力が残っていたのかという速度で走っていった。

 箱女は、追いかけはしなかった。

 再び、沈黙が流れた。

 箱女は地面に落ちた花火を一つ拾い上げた。

 まさか、おれにまで……。

 と一瞬身構えてしまうが、彼女は単純に、こちらに花火を差し出しただけだった。

 わけもわからないまま受け取ると、彼女はおれが持つ花火の先端に、男たちが置いていったライターで火をつけた。

 なんだ。花火をやろうってだけなんだな。

 箱女と二人、男たちが残した花火を消費し続けた。

 彼女は、空を飛ぶ鳥に向かって打ち上げ花火を放った。届かず、失速し、海へと落ちた。

「私ね、鳥さばけるの。一時期、たくさんの鳥を飼っていたから。供養に食べるのよ」と箱女は言った。

「……鳥を? そう、なのか?」

「花火当たれば、一緒に食べられたのにね」

 衛生面とか、そもそも倫理的な問題とか、いろんなことが浮かんだけど、おれはただ頷いた。腹を下してもいいじゃないか。

 それくらい嬉しかったんだ。

 彼女が理解できない言動をとればとるだけ、心が満たされていった。

 花火を続けたが飽きてきて、打ち上げ花火を最後にやることにした。

「残り、持って帰る?」

 箱女はやつらが置いていった、余った花火数本を差し出した。

「いや」

「持っておきなさい。武器になるわ」と、ほとんど強制的に渡されてしまった。

 武器としては使い勝手が悪いが、恐怖に立ち向かったという証明、戦利品としては悪くない。おれは花火を、箱の中のポケットにしまった。

 箱女は花火を持つと、もう片方の手でおれの手を取った。

 照れ、思わず焦って声を出しそうになるが、どうにかこらえた。

 箱女は、花火を目の前に差し出す。

 どうやら一緒に持とうということらしい。

 おれと箱女は二人、しゃがみ、空に向けて花火の先を向けた。

 箱のせいであまり近づくことはできなかった。

 ひゅる、と短く音を立て、七、八メートルくらいのところで小さく破裂した。

 火花を見て、箱女はうっとりとしているようにも見えた。

 おれは、黄色いフィルター越しにそれを見ている。

 落ちていく花火は黄色く染まり、小便と大差なかった。

「私を護ってくれるって、言ったわよね?」

「もちろんだ」

「私もね、生まれてずっと孤独だったわけじゃないの。満たされていると勘違いもしていた。でもね、ある大切な人を失って、世界の醜さと……なにより、自分の醜さに気付いたの。だけども、気付いている人は周りに誰もいない」

「……だから、孤独だった?」

「そう。貴方は、私を孤独から救ってくれるのね?」

 孤独。

 彼女が抱える切なさ。他人を引きずり落とすことしか考えられない、どうしようもない世界を嘆いている。彼女を救い出す。おれがそうして欲しいと願ったように。

 箱女はおれを頼り、手を強く握った。

 今、この瞬間死ねたら、どれだけ幸せだろう?

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