第44話 クワガタ頭のホーンさん
分身丸がいるのは予想の範疇だったが、問題はその横にいる男だ。
クワガタの様に尖った角が頭にあり、俺達4人を値踏みする様にしてジッと見据えていた。
黒いマントを羽織っており、目の錯覚だろうか分からないが、非常に細身に見えた。
『アイツらが真横軍だな』
そう俺にだけ聞こえる小声で言うと、ジルが背中に掛けた剣に手を掛けたので、それをそっと制する。
『いや待て、いきなり斬りかかるなよ』
あくまでジルは交渉決裂した際の切り札であるのだが、クワガタ男の素性はよく分からないので、万が一戦闘狂だった場合はジルの出番が来る可能性だってある。
さっきは分身丸の大声で声が届いていただけであり、会話が出来る距離感では無いので、2人が近くまで俺達はひたすらにクワガタを見つめていた。
「どうやら私の美しい角に見惚れている様だな。中々みる目があるではないか。私の部下に―――」
流石に俺達の目線に気が付いたのか、いよいよ会話が出来る距離に近づいたクワガタが声を上げる。
「誰がなるかよ!きたねえ髪型しやがって!」
この手の奴に1番言ってはいけない事を!髪型をバカにしたら絶対殺意ビンビンで襲いかかってくるよね!?なんでそんな典型的な事も分からないんだ!!
その瞬間、ブチっ!と何かが弾ける音を耳に感じると、激しい旋風と共に砂埃が巻き上がった。
「なっ!なんだ!?」
「早速おっぱじまってますよ!」
ゼスティが手で顔を覆って狼狽えながら言ったのと対照的に、フィーエルは嬉々として声を上げた。
目を開けていると細かい砂が入りそうなので、薄目で様子を伺う。
砂埃が晴れて視界が鮮明になると。ジルの剣と、クワガタの鋭利な手刀が重なっており、1つの動作が起こる度に衝突音が耳を叩く。
「蒼河達は緑の奴を頼むぞ!」
ジルはクワガタに押され気味だったが、歯を食いしばり顔を俺の方に向けて言った。
「お、おう、引き受けた」
そう返答すると、間も開けずにこっちの様子を傍観している少女に向かって足を進めたのだが、左右から足音がついてきた。
「あの人を説得するなら私にも手伝わせて下さい!」
「そうだぞ!アイツは私の友達でもあるからな!」
フィーエルは握り拳を頭上に掲げ、ゼスティは自慢の胸をポンポンと叩く。
「お前らァ!俺の―――」
「あっ、やめて下さいそれ」
「うるさいぞ集中しろ」
「俺の扱い酷くない!?」
まぁ、今更なのだが。
3人で横に並んで分身丸の前に来ると、誰よりも先に緑髪の少女が口を開いた。
「君達は仲が良かったんだね。僕は運命を感じつつあるよ」
人がごった返す街の中で同じ店で働く奴らと偶然知り合う確率はどの位だろうか?
「そうだな。悔しいけど感じちゃうな運命を」
そう言った瞬間、何を勘違いしたのか、フィーエルが俺のつま先を踏みつける。
「蒼河さんが女騎士の様な事を言っていますが、それは無視で―――」
「ふ〜ん、蒼河ね……」
フィーエルの声を遮る程に冷め切った声が俺に突き刺さった。
まずくない?身バレしちゃったよ?俺命狙われているんだよ?
「えっと、あのあのあの、違くてだな」
「知ってたよ」
強がりでも虚勢でも無く、分身丸はキッパリとそう言い切った。
「え?マジで!?」
衝撃的な発言を前に俺は、素っ頓狂な声を出してしまう。
「一昨日の夜にさ2人でカジノから逃げたじゃん?そこで路地裏に隠れた時にね、隠密の高さが故に君が半透明になってたんだよ」
仕方ないだろ。怖かったんだもん。
「それがさ伝えられた情報とピッタシでね、笑いを堪えるのと、そこで殺すかどうかで迷っちゃってさ」
「しれっとえげつない事を言うな!じゃああれか?俺が頭を捻ってお前を元気付けようとしてた時も俺を殺すかでお悩み中だったのか!?」
なんだこの間近に狂人が潜んでいた様な恐怖は。
「よりにもよってカジノから逃げるって、2人は一体どんな濃い夜を過ごしたんだ……」
濃い夜って、何か卑猥だね!
「賭け事に負けたから逃げただけだよ」
「十中八九蒼河さん達が悪いじゃないですかそれ!」
珍しくフィーエルがド正論をぶちかましてくるが、それを変化球で打ち返す。
「俺が負けを認めてないから負けてない。それだけだ」
「何だそのクズ理論は!普通に不正行為だろ!」
これ以上緻密に話してしまうと、ゼスティに出頭させられそうなので、そこでやめる。
「そ、それはともかく、こっちはお前が真横軍の幹部だって事を知っているんだ」
これは俺と分身丸が初対面の時。若干だが俺に心を許した時に発したセリフの『貨幣工場に派遣させていた同僚を殺した2人組の抹殺』から汲み取った。
「口を滑らせちゃったかな」
分身丸は足元に視線を落とし、苦笑いしながら言った。
「それで俺を殺すのか?」
この質問をするのは怖かった。いいえと答える前提で問いかけているので、はいと答えられてしまっては、全てが決壊してしまう。
「だからさ、アイツらが戦っている間に逃げてよ!」
今もなお激戦を演出している2人を顎で指し、俺に命令するが、それを2言であしらえる。
「無理」
「だったらどうするの?他に方法が無いから言っているのに……」
「私達が逃げたら街はどうなるんだ?」
ゼスティが分身丸の瞳を見つめ、真剣に問い掛ける。
「襲撃するよ。そりゃ、真横さんの命令だもん」
「お前さ、この街好きなんだろ?」
ふと数少ない会話を思い出し、そんな事を言っていたのが頭を過ぎる。
「き、嫌いでは無いけど……」
「真横がそんなに大事か?」
「大事だよ!僕を育ててくれた親みたいな存在だし」
今までは降下した声だったが、その質問に対しては語気が強くなっている。
「じゃあ反抗しろ!それが嫌だったら、街の奴らが強くて敵いませんでしたって報告しろ!」
俺は人差し指を分身丸の額にピンと立て言う。
「そ、そんな事したら本当に居場所が無くなっちゃうよ。失敗は絶対に許されない」
「そんじゃ俺の店に来いよ。最近は何故か客足が滞っているもんでさ、男の客を釣る為にエロい服を着て宣伝でもしてくれよ!」
「随分と最低な誘い方ですね。って、あ、私も賛成ですよ!」
フィーエルが挙手し、歓迎の意を示す。
「だ、だから僕はこの街を……」
「自分のしたい事をしろ!!お前はそれでも操り人形になるのか?ビバ反抗期!困らせちまえ!」
「ぼ、僕は街を守りたい。だからホーンを止めないと」
「そうか!って、ホーンってアイツの名前?」
「そうだけど、なんで?」
なんて安直なんだ!?捻りも何もない。
ジルが戦っている方向に視線を移すと、凄まじい速度で斬り合っていた。
さと、どうしたものか。
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