第43話 近所迷惑ですよ蒼河さん!

あれからギルドへと向かい、身分書を更新しに行った。


 魔法の欄にはしっかりと"サンドウォール"と魔法が記載されており、ひとまず安心したのだが。


 時刻は生憎の夜あり、街の外へは出れなくなっており、かと言ってダンジョンに1人で潜る勇気も無かったので、結局その魔法も試させず終いだったので、本番でお披露目という形になってしまう。


 そして今は近所の老人の話し声も聞こえない程の早朝であり、俺達は真横軍幹部としてやって来るであろう分身丸を説得する為、街の入り口に向かおうとしていた。


 説得するだけなのに何故魔法がいるかだって?それは最悪の場合の為だ。計画を狂わせる因子であれば仲良くなった奴をも手にかけてしまう程冷酷な奴かもしれないしな。


 常に最悪の場合を念頭において行動した方がいい。


 と、しみじみと考えているのだが、いまいち集中出来ない。その理由は明確である。


 先程からゴチャゴチャと物音がうるさい。主にフィーエルがいる方向である。


 扉の奥にいるので姿を確認出来ず、何をしているのかが分からないが、気遣いの出来る紳士である俺はあえて覗きはしなかった。


 思い返せば、とても早起きだった様な気がする。


 俺がゼスティに起こされるから作業をやっていたらしく、腐っても知恵の天使だ。何か特別兵器的なのを作っているのだろうか。


 色々と考えている内に耳障りだった物音が無くなり、準備が完了したのだと思った俺は口を開いた。


「もうジルは待ってる筈だし、そろそろ出るぞ」


「よし行くか!」


 俺のすぐ横で支度をしていたゼスティは腰に手を置いて威勢良く返答してくれたが、扉の向こうにいるフィーエルは少し遅れてから声を上げた。


「私もオッケイです!」


 扉を隔てているので、当然だが声が不明瞭である。


 ガチャと扉が開き、見えなかった姿がお披露目になると、そこにはまん丸のリュックを背負ったフィーエルがいた。


「なんでリュックがそんなパンパンになるんだ!?」


「だって、お菓子とかお昼ご飯とか必要ですよ!常識的に考えて」


「ゼスティを見習え!片手に変な緑の薬的な物を持っている以外手ぶらだろ!それに対し、遠足気分かお前は!」


「こ、これはポーションだ!手足がもげた時の応急処置の為に役立つんだからな!戦いには必須の代物だぞ」


「って!そんな苛烈な戦いにはならないっつーの」


 もしなったとしても、ジルがどうにかしてくれるだろうし……。


 巨大に膨れ上がったリュックを背負い、フィーエルは扉を抜けようとしたが、案の定突っ掛かってしまい、朝早く支度していたお昼ご飯を諦め、お菓子だけを持って出発したのであった。




 例により閑散としており、無人の世界に迷い混んでしまった錯覚に陥ってしまう人もいるレベルで静かだった。


「嵐の前の静かさって奴だな」


 ゼスティが目を瞑り、1人で頷きながら言うが、その言葉に俺のツッコミセンサーが反応してしまった。


「お前もしかして戦闘狂だったりすんの!?サイヤ人なの?実はアイツに魔法を打ちたくてウズウズしてたりすんの?」


「蒼河さんつまらない上にうるさいです」


 街中で場違いな声量を出した俺に向かい、フィーエルが嗜める様な口調で言ったので、俺はハッと我に帰ると、羞恥から素直に謝罪してしまう。


「あっ、ごめん」


「それで、さっき口に出していたが、ジルに手伝いを頼んでいるって本当なのか?」


「ああ、弱みを握ってじゃなくて、俺がかつて世界を救った伝説の英雄と姿が重なったから手を貸してくれるとかだったかな〜たぶん」


「お爺ちゃんもそんな事言っていたな」


 そういやダンジョンで魔物と追いかけっこしてる時に言われたな。結局思い違いだったらしいが。


「現に日本人の転生者ならこの世界にいっぱい居ますしね。ただし蒼河さんは記憶を持った転移者なので、かなり異端な存在ですけど」


「転移?フィーエルは何を言っているんだ?」


 別に俺には異世界から転移してきたとか、その他諸々の理由をひた隠しにする理由は無いのだが、もっとクライマックス的な場面で『お、俺は、異世界から来たんだ!!』と発表をしたい願望があるので、とりあえず誤魔化す。


「そうだ、何を言っているのかな、このロリッ子は」


「だ!だれが!ロリッ子だ!!」


 いつもの敬語が崩れる程に効いたのか、フィーエルの噛みつく様に鋭利な声が街に響くと、ベッドから落ちる様なドンッ!という音が家屋から聞こえた。


「ほらほら、近所迷惑だぞ?少しは場を弁えんか」


「う、うぐぅ〜、必ず息の根を止めます」


「そこは『覚えておけよ!』でいいだろ。なんでそんなリアルな事言うんだよ!マジでフィーエルの私怨を買っちゃった?」


 フィーエルは犬歯を剥き出しにして犬の様に唸りながら、俺の事を下から睨む。


「突っ立ってないで行くぞ2人共」


 俺達はゼスティの声が聞こえると、小走りでその後をついて行った。




 道中は何事無く、街の入り口に到着した。


 門を潜って草原に出ると、ジルが草の上で寝転がっており、俺達の気配に気がつくと、物騒な剣の先を向けてきた。


「何だって、蒼河だけじゃないのか」


 ジルは俺の横にいる2人に向かい視線を移すと、疑問を浮かべながら言う。


「助っ人だ」


 ゼスティが1歩前に出ると、胸を張って言う。


「そ、そうか」


 ジルは頭をポリポリと掻きながら声を漏らすと、フィーエルがその反応に対して苦言を呈した。


「なんでそんな微妙なリアクションなんです!?」


「べ、別になんでもねーよ!」


「コイツら可愛いだけで、戦力にならないなとか思いましたね?」


 自分に自信が有るのは、生きていく上でいい事だとは思うが、それを人に押し付けるのは違うと思います。


「じゃ、じゃなくてだな」


 あれだな、受付嬢との事を知られていないな心配なんだろうな。それはしょうがない。


「じゃなくてって!こんな上玉を放っておくなんて、勿体ですよ!」


「すまんすまん」


 ジルが心の込もっていない謝罪をする。無論心など込めなくても良いのだが。


「ま、ジルが剣を抜かない事が1番いいがな」


 1番の目的はここにやって来るであろう分身丸を説得する事であり、戦闘する事では無い。最悪懐柔せずに襲撃へ走るとなれば、街を守る為にジルが剣を振るう事になる。


「おい蒼河、俺を呼んでおいて剣を抜くなとは、どう言う意味だ?」


 ジルが俺の言葉を聞くと、俺に疑問の視線を投げてくる。


「言ったろ、ジルはここにいるだけでいいって。そうすればあの事は広めない」


「わ、わかったよ」


 苦虫をを噛み潰したような表情をしている為、何か凄く罪悪感を感じるんですけど!?これは取引だよね?


「楽しそうな事話してるね」


「楽しくねぇわ!こちとら説得する為の言葉を一晩中考えていたから頭が痛いんだよ!」


 そうだ。俺は世間一般の主人公とは違い、心に響く言葉を即興で言える技量は無いので、一晩中紙に何を言うかセリフを書き写していた。


「へぇ、嬉しいな僕の為に」


「って、あれ!」


 ゼスティが草原の奥に向かって指を指していたので、その方向を見てみると、風に揺られる緑の長髪が特徴的な女がいた。


 そしてその横には、クワガタの様に角を2本生やした男いた。


「皆さんはお出迎えですか?」


 遠くに見えた男の顔が歪んだ。

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