第19話 スモークという魔法
うわぁ〜朝日がまぶしいよぉ〜。
留置所から無事に出るとそこは、俺が探索した事の無い街の外れだったが、街の人達は相変わらず俺を見ると、コソコソと話をしている。
決闘の話はここまで広がっているのか……。
『あの人街中で下着を見せびらかしていたらしいのよぉ〜』
『うわぁ〜そんな奴なんて釈放しないで、一生牢屋の中にいて欲しいですねぇ〜』
『またいつ脱ぎ出すかわかったもんじゃないわよねぇ?』
不名誉な方の噂が広がっていたが、今更そんな物で傷つく程に豆腐メンタルでは無いつもりだが、頬を伝たる物があった。
俺は露出の件で一晩だけ牢屋に入れられた後、あれが不慮の事故だと判明して釈放されのだが、あと数時間で決闘が始まるので、のんびりとしている時間も無い。
いっその事捕まってた方が身の為だと思ってしまったが、ゼスティが嫁に行ってしまうと、レイグさんが悲しみ便利屋を営業する所では無くなり、挙げ句の果てには俺の住居も無くなってしまい、最悪野宿で物乞い生活になってしまうので、逃げる訳にもいかないし、負ける訳にもいかない。求める物、必要な物は絶対的な勝利だ。
と、そんな威勢のいい事を思っているが、ここの場所が分からないので、不戦で終わってしまう可能性が出てきたのだが。
「お勤めご苦労さん、もしかして蒼河さんは迷っているのかな?」
キョロ充以上にキョロキョロとしていた俺に向かい見知った声が飛んでくる。
「あ、なんだゼスティか、ってそろそろ時間だろ?決闘が行われる場所に連れてけ」
「随分と自信満々だけど勝算でもあるのか?」
ゼスティが目の奥に光を灯し、期待の眼差しで俺を見てくるが、そんな物は無い。
「いや無い、早くこの緊張感から解放されたいだけだ」
「またまたぁ〜!本当は秘策を隠してるんだろ?」
俺がこの状況を抜け出す策を持っているのだと思い、膝で俺の腹を小突いていてくると、俺は胸を張って言う。
「俺があんな奴に負ける訳がないだろ!俺には守るべき物が出来てしまったからな、守る物がある男は最強なんだ!」
天に指を掲げて空をなぞる動作をしながら言う。
「震えながら言ってると説得力がないんだが」
「失敬な!これは戦いを控えた男の武者震いだ」
空を差す俺の指が、異様に震えている事へ気づいてしまったようだ。
負ける負けると言っているよりも、勝てる勝てると言っている方が勝利の女神が微笑みそうなので、最後は運に任せにして挑もう。
思えばこの期間、実際の人間を相手に戦ったのは初日の1回くらいしか無く、その殆どは雑魚に分類されるであろう魔物の攻撃を食らったり、逃げ回ったりしていただけなので、いまいち強くなった実感が全然しない。
あえて魔物と戦う事で得られる物があったのか分からないが、正真正銘の人間と戦うはずなのに、魔物と戦う事に疑問を抱かなかった俺にも非があるだろうが。
「あっ、そうそう魔導書は読んだか?」
「騎士の中の一人がいい奴で独房でな、魔導書の持ち込みが許可されたんで薄暗い所でひっそりと読んでた」
そこは何故か良心的であり、やる事の無かった俺は昨日寝るまでの間、それを熟読していた。
「じゃあ、まだ使ってはいないんだよな?」
「ああ、独房の中で魔法なんで使ったら本当に懲役を食らっちまうだろ」
「それじゃあぶっつけ本番で使ったことの無い魔法を使うのか?」
「まあそうなるわな、別に大丈夫だろ」
「だといいけど……余り使い過ぎるなよ、魔力が枯れると気絶してしまうからな」
確か俺の魔力は68で、スモークを一回使用すると20減る、だから3回しか使えないのか!?いくらなんでも燃費が悪過ぎるな、いざと言う時の為に取っておく切り札として持っておいた方がいいだろうが、そんな余裕があるのか……。
「あと、さっきから気になってたんだが、蒼河目が赤いぞ?もしかして泣いたのか?」
「違う、ドライアイなんだ」
俺は、噂をしていたおばちゃん達を遠目から恨めしそうに見ながら、ドライアイだと言うと『そうか』と吐き捨てる様に言われた。
「よし、時間も無いし決闘場へ行くぞ、ついて来い」
円形に展開している圧倒的な闘技場が目に入り、思わず驚嘆してしまう。
それは頭の中に思い浮かべた闘技場そのもので、コロッセオなどを思い浮かべると良いかもしれない。
周りには俺とパルメの決闘を、いやパルメが活躍する所を見にきたであろう女性ファン達が、中へ流される様に入っていっている。
「こっちです2人とも」
人混みを見て呆然とする俺達に向かい、聞き慣れたと声が聞こえる。
その方向見ると、レイグさんが関係者以外立ち入り禁止の場所に立ち俺達を待っていた。
「早くこちらへ」
俺達は促されるままにそこへ向かい、抜け道の様に設置された通路に入る。
石造りで雰囲気のある古臭い通路を進むと、腕を組みパルメが待ち構えていた。
「逃げずに来るとは、お前は臆病者ではなく、愚か者だったか」
パルメが俺をバカにした目つきで皮肉を叩き、俺を煽ってくるが、俺はそれに乗らない。
「あー、正々堂々やろうな、よろしく」
俺はスポーツマンシップに乗っ取り負傷していない左手で握手を求めると、意外に手を握ってくれたが、俺の手を粉砕するき満々で、思い切り握ってくる。
「イタイイタイ!やめろ離せ!」
俺は赤くなった手を引っ込めると、小物や悪党の如く、パルメを睨みつける。
「よろしくな蒼河」
そしてそのまま俺達が入って来た所から、出て行ってしまい、そこからは異様な歓声が聞こえた。
「あんな奴に負けるんじゃないぞ蒼河」
「善処する」
そしてちょっと通路を進んだ所で、準備室らしき場所の前に来ると、そこの扉を開き中へ入る。
剣や弓矢や槍や盾。適材適所数多の場面に適応できる様に様々な武器が置かれていたが、俺はどれも手に取らずにベンチに座り込み、しばしの休息をとる。
剣術で食って行っているパルメと、初心者の俺が武器を手にして激突したってどちらが勝つかなんて自明の理だ。
武器は蛇足になるだろう。だから俺は拳一本で勝負をする。
そしてやってきたスタッフに舞台へ移動する様に言われ、そこへ繋がる通路へと進み、名前が呼ばれるのを待つ。
ゼスティとレイグさんは俺が黙っているのを察してか、会話が生まれない為に、緊張が解れない。
向かう通路は真っ直ぐに伸びており、光が誘う様に入口を照らしている。
「あのさ今更だけど、ありがとな蒼河。私の為に格上の相手と決闘を受けてくれてさ、嬉しかったぞ」
あれ?なんで負けイベントみたいな事言ってんの?
「大丈夫だ、お前は渡さないぜ!」
俺はキュキュンで臭みの無いセリフを吐くが、ゼスティは苦笑いをして言う。
「あ、いや、別にそういうのは求めてないんだが」
「そうでしたね」
そして、他愛の無い事を話していると、陽気な声と共に概要が話される。
『今回の決闘は花嫁を賭けた男達の真剣勝負だ!』
魔法でスピーカーの様に反響する声。様々な声が飛び交い、何1つ理解出来ない。
『魅惑の剣技で相手をも惹きつける剣士、パルメ!』
怒涛の歓声で闘技場が湧き上がり、会場のムードは一気に増す。
『期待の冒険者実力は未知数、蒼河!』
『誰その人?』や『変な名前』などの言葉はしっかり聞き取れた。自分に向かう否定的な言葉は耳が優先して拾ってくれるシステムをつけているからな!シーンと静謐な時間が過ぎ、俺は戦場へと足を踏みようとした時。
「蒼河さん、いざという時にはあの技を使って下さい」
舞台へ足を踏み入れた俺に向かい、レイグさんがそんな事を言われるが、その技が分からない。
「え?あの技とってな―――」
バタン!!ゴンガッチャン!!
強引に扉が閉められ、詳細を聞き出す事が出来なかった。
困惑している俺に向かい、閉まった扉の内側からゼスティが言った。
「死ぬなよ蒼河」
死亡フラグに決め手となる技を俺が理解していない。『近い内に死ぬよ』占い師の言葉が想起し、いよいよ死の宣告が現実味を帯びていく。
そして、あの技の謎とフラグを胸中に秘め、閉鎖的で円状の戦場へ赴くのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます