第18話 たとえズボンが無くても僕は!

「よしッ!」


 俺は家の中をホウキで掃いて一日を始めた。


 やはり掃除をすると心の邪念が払われるというのは本当だな、無論俺の邪念は掃除する程度で無くなる程脆くは無いが、一般の人がやれば晴れた気分になるだろう。


「あれ?今日はダンジョンに行かないのか?」


 階段から降りてきたゼスティが真面目に店の掃除をしている俺を見て怪訝な表情で言ってくるので、爽やかな笑みを浮かべて返答する。


「俺も真面目に働こうかと思ってな」


 ルンルン気分で再び店の中の掃除に戻ろうとすると。


「緊張しているんだろ蒼河、ホウキを持っている手が凄い速度で震えているぞ」


 確かに凄い速度で掃いているので、震えている様に見えても仕方ないだろう。


「ちげーし、これはト、ト、トレーニングだ!勘違いしないでよね!?」


 持っていたホウキを胸に抱きしめ、ツンデレテンプレの様に言うと、重篤患者を見る様な目で見られる。


「うーん、語尾も変になってるし、前日だから気分が張っているのは分かるから、その辺で気分転換でもしてきたらどうだ?」


 俺が掃除をしていたのは、テスト前日に積み漫画を消費する安易な現実逃避と同義ではなく、もっと奥底に理由がある。


 でも確かに、決闘前日に体へ鞭を入れるのは酷だろうから、適当にぶらぶらしていた方が妥当だな、ホウキを掃いていて筋肉痛になってしまったら、元も子もないからな。


「でも暇を潰す様な所が思いつかない」


「だったらオススメの場所があるからそこへ行くぞ」


 ゼスティがウキウキしながら俺の服の袖を引っ張ると、安物のローブからビリッと嫌な音がした。


「ちょッ、変な店には連れて行くなよ、そっちの意味の気分転換は求めてないし、体力は残しておきたいからな、あと筋肉痛……」


 何処からともなく現れたレイグさんが、ポンと俺の肩を叩き、無言の圧力でそれ以外は言うなと訴え掛けているので、言葉を飲み込む。


「では店は任せておいて下さい、行ってらっしゃい2人とも」


「はい、行って参ります」


「あっそうだ、お爺ちゃんお小遣いくれないか?」


 そうすると、待ってましたと言わんばかりに、ポッケから銀貨を一枚取り出し、黙ってそれをゼスティに握らせる。


「余り無駄遣いするなよ」


 俺とゼスティを交互に見て、それについて釘を刺している。


「うーん、それは保証出来ないな」


 サッ、とポッケに銀貨をしまうと、俺を置いて先に出て行ってしまう。


「行ってきます」


 ペコッと頭を下げて店から出ようとすると。


「ゼスティの事をお願いします」


 その瞳には扉から広がった群青の蒼穹が反射しており、その吸い込まれる様な光景に一瞬硬直してしまう。


「あーはい、ちゃんと見張っておきますから大丈夫ですよ」


 そう言うと俺は青い空が広がる世界へ飛び出した。




『あいつだよな?パルメと決闘するって奴、悪いがスゲー弱そうだよな』


『ナンバーフォーのパルメと一騎打ちって、どっちが勝つかに賭けるなんてバカバカしくて出来ねーよ』


『いや、右手に包帯巻いてるし隠された龍の力とかで倒してくれんじゃねーか?』


『ありえる!クハハハハハハハハハハ!!』


 一度街へ出ると、色々な奴が決闘についての噂話をしており、勝てるはずの無い戦いに挑むバカな奴として、悪意を向けてくる。


 あと、右手に巻いた包帯は壁を触って火傷したからだ、覚えておけ。


 さっきから目的地が分からないまま、ゼスティの背後をついて行っているので、『パルメと戦う奴が女の子をストーカーしてる』とちょこちょこ聞こえてきて、俺のストーカー行為がバレてしまう……じゃなくて、この嫌疑を晴らさないと思い質問をする。


「んで、何処に向かってんだ?」


「私が行きつけの魔導書屋さん」


 確かに魔法を使ってみたいと言ったが、タイミングが決闘の前日って、戦闘に使う以前に一日で使いこなす事が出来るのかが問題だが、どんな物が並んでいるのかを確認する分なら問題はないだろう。


「魔法って1日で会得出来るもんなのか?」


「会得する必要なんてないぞ、熟読をして習得する、それだけだ」


 熟読って言っても、言葉の重さとは裏腹に割と出来そうか事ではある。


 と、しみじみと思っていると、ゼスティの足がとある店の前でピタリと止まる。


「到着、ここが穴場の店だぞ」


 思いっきり大通りに面して人通りが多いが、ゼスティ曰く、通だけが通っている穴場の魔導書屋らしい。


 店の中に入ると、とんがり帽子の胡散臭い女店員が杖をもって歓迎してくれた。


「いらっしゃいまっせ〜!」


 店の中にある棚にはギッシリと本が敷き詰めてあり、恐らくあれが全て魔導書なのだろうと思うと、どんな魔法を覚えようか気分が上がってしまう。


「ゼスティどんな魔法がオススメなんだ?」


「無難に攻撃魔法がいいと思ったが、蒼河は魔力が低いから連発のし易い補助魔法の方がいいな」


 俺の戦いの基本は"相手に見つからずに息の根止める"だからな、隠密を引き立てる魔法を使った方が俺には合っているだろう。


 俺は補助魔法が置かれている本棚を吟味すると、俺に合っているだろう魔導書が直ぐに見つかった。


「スモーク!?だと」


 本来だと、撹乱や逃走の為に使用するであろう魔法だが、俺が使えば相手の視界を眩まし、溶け込む事が出来る。


「どうした?いいの見つけたのか?」


「ああ!正に俺の為の魔法が見つかった」


 煙に隠れて相手を華麗に退けている俺の姿が頭に浮かんでしまい、思わずニヤリと笑みを浮かべてしまう。


「おう!いいじゃないか、蒼河にピッタリだな!」


「ほうほう、ゼスティもそう思うか!」


「じゃあ、私が買っくるからそこで待っててくれ」


 レイグさんに貰ったお小遣いの銀貨一枚を店員に出すと、銅貨が五枚お釣りで返ってきていた。


「ほんじゃ魔導書を読む為に家へ帰るか」


「そうだな、家に帰ったら手伝うぞ!」


 店の外へ出て、自棄に外が騒がしかったので、首を突っ込まずにそのまま帰路へ向かおうとすると。


「まてゼスティ!と、包帯野郎」


 渋々振り返ると、案の定パルメだったので、早足で逃げようとすると。


「なにか用かパルメ?」


「いや、様があるのはお前の方だ!逃げるな包帯野郎」


 パルメが腰の剣に手を置くのが見えると、俺は瞬間的に背後へと転がる様にして回避するが、剣の先がズボンの留め具を破壊したが、それだけで済んだ。遅れて冷や汗が体から噴き出してくる。


「危ねえッ!いきなり何すんだ!」


 反応が一瞬でも遅れていれば、首が飛んで辺りは血まみれ、ギャラリー達は一緒トラウマを背負う事になっただろう。


「パルメッ!!何してんだ!!」


 ゼスティが今まで見た事ない程に激昂しており、声をかけたら矛がこっちに向かって来そうな怖さがあったが、周囲の人々の目が集まり過ぎていて、ここで何かしでかしてしまうと魔導屋に迷惑をかけてしまうので、ゼスティの手を引いて人混みから脱出しようとすると。


「明日は今みたいには避けられないぞ」


「お前は明日不慮の事故により痛い目を見る、覚えとけ!」


 捨て台詞の様に言うと、ギャラリーの女性達から『キャー』と声が上がる。


「また一人女性ファンを獲得してしまったな……」


 自分でも押される事の出来ない魅力で、無意識に女性を惹きつけてしまった、全く罪な男だぜ俺って奴は……って、なんでこんな静かなの?またオレ何かやっちゃいました?


「蒼河ズボンが下がってる」  


 さっきの怒り具合は何処へ行ったのやら、真顔でその事を指摘してきた。


「あ、本当だ、凄く恥ずかしい」


 割と社会的な方で罪な男になってしまいました。


「君、ちょっと同行願えるかな?」


 そしてこの騒ぎを聞きつけてやってきた騎士達とこのタイミングで運悪く遭遇してしまい、決闘前日は留置所の独房から異世界の綺麗な夜空を堪能したのであった。


「空ってこんなに綺麗だったんだな」


 寝よう。


 そして俺は明日に備え、静かに目を閉じたのであった。

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