第12話 決闘へ向けて修行しよう!

えっと…あんた誰だっけ?」


 ゼスティが長く伸びた前髪をクルクルと指で弄りながら、申し訳無さそうに苦笑いを浮かべる。


「俺だパルメだ!昔この便利屋で幼きゼスティと婚約をする約束をした男だ、今宵君を向かえに来た」


 真昼間に今宵とか言っちゃう辺り、相当そっち系統の奴に毒されてやがる。


「あ〜そんなのいたな、もしかして真に受けてたのか、あれはその場凌ぎの嘘だぞ〜やだな〜全く」


 屈託の無い笑顔を浮かべながら、苛烈で残酷な真実を告げる。


『私が大きくなったら、お嫁さんになったげる!』みたいな奴と同じ系譜の奴だろうな。


 僅かな沈黙と、隙間風の軽い音がパルメの心情を演出しているようだ。


「そ、そんなの認めん!そこの男に弱みを握られているんだなゼスティ!」


 ずっと入り口の横で、置物の様に静止していた俺の胸ぐらを掴み、いきなり殴り掛かって来るが、それをゼスティが止める。


「おい、蒼河は関係ないぞ!」


 ゼスティの言葉に反応し、パルメは大人しく拳を止め、嫌みを含んだ舌打ちをして胸ぐらから手を離すと、腕を組んで偉そうに言う。


「ではよかろう、どっちがゼスティに相応しい男か勝負をして白黒つけようではないか」


「いや、別に貰ってあげて下さい、それじゃ俺はこれで末長くお幸せに!」


 それだけ言うと、寝室に続く階段に向けて足を進める。


「あー眠いな」


 他人の幸せに介入するのはナンセンスだ。従い俺はパルメの意思を尊重する。


「まっ!まてぇ〜ィ!少しは私を庇え!!『彼女嫌がってますよ?』とか言えよォ!!」


 ゼスティは、『私の為に争わないで』的なのに憧れを抱いているらしいが、少女漫画のイケメンみたいな事は俺に期待しないでほしい。


「第三者の俺には到底関係の無い話だ、下手な介入は身を滅ぼすし、その辺の事は余り分からない」


 また一歩と階段を上がると、背後から勝ち誇った様な声が背中を刺す。


「おい貴様俺と決闘をしろ!そっちが勝ったら俺はゼスティを諦める。俺が勝ったらゼスティは貰う。これでどうだ?」


 あいつ俺の言っていた事の意味が分からないのか?絶望的に理解力が無いとか、そんな可能性が頭を過ぎる。


「いや、だから俺は争う気はないんすよ」


 と、言うと、このやり取りを見聞していたレイグさんが辛そうな表情をしているのが見えた。


 もしかして、パルメの所に嫁いでしまうのがそんなに嫌なのか!?だったら俺が!


「ふふ、いいだろう!!その勝負受けて立とうではないか!!せいぜい足掻くんだな羽虫!」


 俺は階段の途中でそれっぽい決めポーズをしてパルメの挑発に乗る。


 恩人の為ならば情緒不安定野郎なんて思われたって怖くないわ!!寧ろ本望だ!


「勝負は来週に行う、後悔するんじゃねーぞ?」


「臨むところだ!」


「さらば、ゼスティまた会う日まで、あとお前、名前を聞いておこう、話せ」


「久瀬蒼河だよ」


 偽名を名乗ろうと思ったが、即興ではダサい名前しか思いつかないので、やめておこう。


「異国の者か、蒼河今夜は震えて眠れ!」


「最近の夜は寒いからな、お前に言われなくても震えて寝てるよ」


 そんなしょうもない事を言うと、パルメは華麗なバク転で外へ飛び出して姿が見えなくなり、俺はそれと同時に店の入り口に置かれた椅子に腰を落とす。


「どっしょッ!!ヤバイヤバイ!!乗りで引き受けちゃったよ!!」


「感情の起伏が激しいな、いや、情緒不安定と言った方がしっくりくるレベルだぞ」


 ゼスティが俺を呆れた目で見るが、そこはさっきも言った様に自分でも自負している。


「ま、あいつ口だけで弱そうだし大丈夫だろ、気楽に行こう!」


 あの感じのは自分の力を過信している奴ばっかりだからな、俺でもなんとかなるだろう。


「言っておくがパルメはパールザニアのナンバーフォー冒険者だぞ」


 数分前の自分をぶっ殺したくなってきた。


「おい、それを早く言え」


「ごめんごめん、タイミングが無かったからさ」


 となれば、やる事は一つだ。


「レイグさんッ!俺に修行をつけて下さい!お願いしますゥッ!」


 思い切り頭を下げて、稽古をしてもらうようにお願いをする。


「こちらこそお願いします。自分の可愛い孫が得たいの知れない若者に持っていかれるのは嫌ですからね」


 レイグさんは俺の申し出を快く引き受けてくれた。


「はい!ありがとうございます!」


「では、もう日が落ちているので、稽古は明日からです。睡眠を存分にとって英気を養って下さい」


 残りは一週間。そこで俺はアイツに勝つ為の力を得なくてはならない。




 そして今日からいよいよ稽古が始まる。


 階段を降りると、レイグさんが優雅にコーヒーを飲んでいた。


「おはようございます」


「いい朝です。絶好の修行日和ですね」


 確かにおかしいくらいに窓から入る日差しが強く、直射している場所の温度が著しく上昇する。  


「そろそろ出ましょうか、今日は久しぶりに便利屋を休業にします。これは私が本気だって意味の裏返しなんですよ」


 こっちも覚悟を決めていかないと、痛い目を見ることになりそうだ。


「今日はみっちりとお願いします!」


 そして十分に修行が出来るように、街の外へ出て、草原へと足を運ぶ。




 見渡す限り広大な緑であり、そこに二人きりでポツンと立っている。


「貴方の隠密を最大限に利用した戦い方がいいですね、例えば気が付く前にダガーを使って……いや、殺すのはダメです。その前に基本を教えないとダメですけど」


「基本って、正拳突きとか回し蹴りとかそう言う奴ですか?」


「その辺も大切ですが、やはり重要なのは体術でしょう」


 体術って、背負い投げとか巴投げとかその類の奴だよな、その辺なら義務教育でやりました!!


「体術は大体会得してるんで大丈夫ですッ!」


「ほう、では私に技をかけてみて下さい」


 そもそも柔道の技をこの世界の人は知らないよな、レイグさんは軽い技が来ると思っていたが、俺が思いの他に強い技を使ってしまいそのままポックリとかならないよな?


「では、いきますよ」


 ジリジリと間合いを詰めるが、レイグさんは一歩もその場から移動しないので、容赦なく背負い投げを掛けるが……手が空気を掴んだだけだった。


 その後も挑戦をするが、1ミリもかすることはなかった。


「あれ、なんか思ってたのと違う……」


「動きが見え見えで簡単に次の動作が予想出来てしまいます」


 レイグさんがやれやれと頭を抑える。


 動きが見え見えって、敵意とかが溢れ出してるってことか?


「では、お手本を見せましょうか」


 そう言った瞬間、反応も出来ない速度でレイグさんが消えたと思うと、俺の前髪が激しくなびき、そしてお留守だった首元には丁寧に手刀が添えられていた。

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