第6話 絶対なる隠密
チュンチュンと、小鳥の囀りが素晴らしい朝を演出してくれる。
目を開けると、黄金に輝く髪に中性的な顔立ちの少女がいた。
「いい朝だなぁ〜、って起きたか蒼河。ようし早速仕事だから行くぞ」
ゼスティは窓の縁に座って外を見渡していたが、俺が覚醒した事に気がつくと、そこから徐に立ち上がり、朗らかに言った。
「ッて!何がいい朝じゃい!思いっきりデコピンしやがったな!お前!」
素晴らしい朝を崩壊させる俺の大声に反応して、鳥たちが一斉に羽ばたく音が聞こえる。
勢いよく体を起こしたので、額に痛みが来ると思ったが、
予想外にズキズキする痛みが来る事が無く、不思議に思って額を触るが、昨日まで腫れていた部分がキレイに鎮まっていた。
「いきなりうるさいぞ、これから仕事があるんだ、もちろん蒼河にも付き合ってもらうからな!」
ったく、朝1番に聞く仕事って単語程、意欲が無くなる物はないよな。出来ればこのまま寝ていたいが……こっちも居候になってる身なのであり、変に反逆をすると切り切り捨てられる可能性もあるので、ここは黙って従っておいた方がいいだろう。
「なんだ?人手不足により一ヶ月間炭鉱で強制労働か?」
ベッドから立ち上がると、咄嗟に思いついた仕事の内容を口に出す。
「ま、そんな感じだな」
「じゃあ、俺はキャンセルで」
俺は再び毛布を被って睡眠を続行しようとするが、それも雑に奪い取られてしまい、ゼスティに袖を引かれながら、しぶしぶ階下へ向かう事になった。
「お爺ちゃん行ってくるな」
「ゼスティも蒼河さんもお気を付けて!」
レイグさんは開店の為に、掃き掃除をしている最中であり、邪魔にならないようにして、昨日の椅子に腰掛けて朝メシを待つ。
「蒼河は何をしてるんだ?」
「あ、あれ?朝メシは?」
「もう食べた。てか蒼河、何か急に馴れ馴れしくなったな」
ゼスティが俺の事を気味悪がっているので、俺は胸を張り、胡散臭くて、しょうもないセリフをはく。
「俺はどんなに否定されても、どんなに嫌われようとも、本当の自分を見てほしいと思ってるからな。馴れ馴れしいんじゃなくて、これが本当の俺なんだ」
「それを馴れ馴れしいって言うんだぞ。というか、誰も蒼河の本当の姿なんて興味無いぞ、そんな本性を曝け出すより、もっとペコペコしてた方が良い印象を持たれると思うが」
そうしてゼスティの的確な指摘と人格攻撃を食って、虚のまま外に出ると、激しい日差しが肌を刺してくる。
「あんたさ、冒険者登録してないだろ?」
「冒険者?俺は冒険はしないけど」
「冒険者登録ってな身分証明をする物で、蒼河が便利屋エバァンに居候する為に必要なものって事だ、今騎士達に見つかったら街を追い出されるか、最悪首が飛ぶな、物理的に」
「どこで冒険者登録ができるんだ?早急に頼む」
俺はゼスティの肩に手を置き、今世紀最大に真摯な表情をし、騎士達が周りにいないかを挙動不審に見渡しながら言う。
「冒険者ギルドだ、そこで登録できるぞ」
「よし!登録へ向かうぞ!後に続けゼスティ!!間に合わなくなっても知らんぞ!」
「蒼河は馬鹿なのか?好奇の目で周りからみられてるぞ」
そう言われゼスティに膝で小突かれたので、俺は向けられる白い目の中萎縮しながら未知のギルドへ向かうのであった。
しばらく武器屋や防具屋だけの物騒な道が続き、目的地がやっと見えてくる。
大剣を背負った男や、巨大な甲冑を着た大男が建物を出入りしていているので、それは一目で分かった。
「見れば分かるがあそこがギルドだ、ちなみにギルドでは、そいつの能力値を見ることが出来るぞ」
「能力値ってあれか?力とか防御とか?」
ゲームの世界でよく見る奴を例に挙げてみると。
「端的に言えばそうだな、証明書に載ってるので見忘れるなよ」
便利屋でバイトしているだけの俺には関係の無い話だと思うが、少しは見ておきたい気もする。まあただ転移してきただけなので超絶低いと思われるが。
「凄いゴツい奴がいるが、入って大丈夫なのか?」
ギルドの入り口にエクスキューショナーの如く巨大な斧を構えた大男がいる。
「ああ、大丈夫だぞ、目立った事をやらかさなければな!」
「大丈夫だ、目立たない事には定評があるからな俺」
入り口正面に立つと、空いた扉からトレードマークの様に設置された巨大な魔物の頭蓋骨が見える。
その斧が俺の頭を刈り取らない事を祈りながら進むと、得に何もされずにギルドの中へと入るか事ができた。
そうしてギルドの中を見渡すと、新入りを見るような威圧的な視線が一斉に集まる。
包帯を身体中に巻いて置物の様に微動だにしない奴や、白目を剥いて涙を流している奴など、パッと見て異常な人間が選り取り見取りだ。
そして天井は声が反響する程に高く、荒々しい声が耳に届く。
「よう!どうした?これから冒険者登録って所か?」
俺より少し高い身長に、染め上げた様に雑な金髪の青年が俺に話しかけてきた。
ここは刺激しないように低姿勢か、舐められないように高圧的に行くかで迷うな、まあ、俺なら迷わずにこっちを選ぶけどな。
「はい!新入りの久瀬蒼河と申します!!」
ビビリだからね、こればかりは仕方ないよね!ゲームとかだと『肝が座ってんじゃねーか、おもしれェッ』と言われるが、実際そんな態度を取ってしまったら、この街を歩けなくなる。
「じゃあ、俺が手伝ってやるよ」
あれだなコイツは、舐めてた奴が規格外の力を秘めていて、なんて強さなんだ!!って言う要員だな。
「えっ!いいんですか?ありがとうございます!!」
俺はキャピキャピJKが好きな先輩に媚を売るような口調で返答をすると『まかせろ!』と潔く言う。
一方ゼスティは入り口横の白い壁に寄りかかり、俺の勇姿を眺めている。
「身分書の発行はこっちだぜ」
腰の部分に男の手が当たり、滑るようにし、受付の前へ強引に連れて行かれる。
「あの、証明書の発行をお願いします」
窓口越しに受付の女性と会話する。
「はい、ではここにお名前を記入してください」
女性がニコッと首を傾げながら言う。
漢字で久瀬蒼河と書いて女性に提示すると、当たり前だがびっくりしたような表情を浮かべる。
「珍しい文字をお書きになるんですね!」
「ま、まあ、遠くから来た者なんで」
自分の知らない文字を書く奴がよく来るのか、女性はそれ以上の反応を見せなかった。
そして受付越しに、灰色の握力測定器の様な物が渡される。
「では、これを思いっきり握って下さい」
空気を思い切り吸い込んで右手に力を込めると、今度は逆に息を吐きながら右手を思い切り握りしめる
右手の関節が痛くなり、徐々に痺れ始め、目が虚になって、頭に血が上るのが嫌にでも分かった。
「ストップです」
受付の女性がそう言うと、俺はそれから手を離す。筋肉が弛緩し、痺れが徐々に抜けていく。そして測定器を女性に返す。
「凄い顔してたぜ、笑いを堪えるのに必死だった」
男が背中を叩きながら言ってくるが、割と強めに叩くので普通に痛い。
そんなしょうもない事をしていると、受付の女性が身分書を手渡してきた。
案外一瞬で出来上がったな、良い誤算だと言うべきだ。時間は利己的に使いたいからな俺は、後はちょちょっと一仕事して寝よう。
身分書はプラスティックの様な質感で、手のひらサイズだ。
「俺が読み上げますね」
「ああ、お前の能力値だもんな」
「じゃあ、いきますよ」
俺は身分書を凝視しながら淡々と言う。
「≪攻撃力83≫
≪魔力78≫
≪防御力66≫
≪知能64≫」
「おかしいだろ」
男が苦い表情で俺の事を見ながら言う。
「弱すぎって意味ですよね……?」
俺は口元にニヤリと黒い笑みを浮かべ言うが、その返答は予想外だった。
「ああ弱すぎる、こんなの見たことねぇよ俺。あと隠密はどれだけ低いんだ、見せてみろ!」
男は神妙な顔をして、俺の手から身分書を取る。
「えっと、隠密は931!!お前なんでこんなの能力に差があるんだよ!?」
「いや、俺にも分からないですね」
実際俺は普通の人間なので能力が低いのは覚悟していたが、それに反して何故隠密が高いのかは不明。
「能力ってのはな、攻撃を上げたけりゃ、敵をぶっ倒すしかないし、防御を上げたいなら、己の肉体で受け止めりゃいいんだけどよ、隠密はどうやって上げたんだよ!?」
ひとまず異世界に来てからではないので、日本にいた頃だろうか、別にクラスで一人ぼっちでもなかったし、修学旅行の班決めにあぶれてただ後ろをついて行く置物みたいな事もないし、昼飯も友達とワイワイ食べており、体育も仲の良い友達とペアをやっていたし、そんな感じで充実していた俺なので、隠密は磨けないはずなのだが……。
「いや、特に思い当たる事が無いとは言い切れなくも無い」
「あと能力値が800を超えると一つだけ自分だけのアビリティがもらえるんだ、お前のは何だ?読んでみろ。あとさ口調はもっと砕けた感じでいいぞ」
男から身分書を返され、アビリティとやらを読み上げるように促される。
身分書のアビリティという欄の横に、"絶対なる影"と表記されてあり、効果は気配を消して不可視になる。とだけ書かれていた。
「不可視って書いてあるな」
「透明化か、スゲーじゃねーか!それでよ、お前の名前なんだ?」
ナチュラルに名前に聞き出そうとされ、警戒をしてしまうが、ここは異世界であり、俺名義で育毛サイトに登録される事も、爆破予告もされる事はないので、この世界初の友人にありのままの名前を伝える。
「久瀬蒼河だ、蒼河でいいぞ」
「俺は"ジル・フロム"ってんだ、お前面白いなぁ!能力値が1つだけ飛び抜けてる奴とか見たことねーよ!」
面白いか、まあ街で歩いてると知らない奴に指を差されて笑われる位には面白いと自負しているつもりだが。
気がつけばギルドの人口が増えており、ここまで来ると、逆にこの喧騒がbgmの1つとして心地よくなってくる。
「酒場で飲もうぜ!相棒!」
「お、おう」
カレーとヨーグルトなら飲めるが、俺は生憎17の高校生なので酒飲めないと言おうとしたのだが、ジルはそんな事聞く耳を持たずに、俺を半強制的に連れていこうとする。
「ちょッ!蒼河!何処に行くきだ!?」
入り口の所で待機していたゼスティに声をかけられる。
「何だこの子、もしかして蒼河の知り合いか?可愛いじゃねーか」
「おい蒼河、仕事があるのを忘れているのか?」
「え?何の仕事をしてたんだ?」
「極々普通の便利屋だ」
俺がそう言うと、ジルが手の平をポンと叩いて、何かを思いついたように言う。
「それって便利屋エバァンだよな?」
「当たり前だ、というかこっちは仕事中なんだぞ、蒼河は連れて行くからな」
そう言うと、そのまま所有権はゼスティに引き渡され、手を引かれてギルドの外へ出る。
「蒼河!俺はギルドにいるからいつでも声かけて来いよ!」
ジルの声がギルドの中から聞こえるので、掴まれていない右手で手を振る。
「あんたとんでもない奴に絡まれたな」
ゼスティは顔を呆れた表情を作って言う。
「ジルって有名なのか?」
どうせナンパ野郎の女ったらしで有名なのだろうと思っていると、予想の遥か上を行く答えが返ってきた。
「パールザニアのギルドではナンバーワン冒険者だ」
「ジルが、マジか!」
内心は本当の驚きもあるが、そっちより良いコネクションを持ったなという感情の方が大きかったりする。
「じゃあ、初仕事に行くぞ、しっかり役に立てよ蒼河!」
「おう!楽なのを頼むぞ」
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