第5話 暴力は反対!
情けなく、思わず声に出てしまった。
あんな意気揚々と出てきたのに、すっかりと目的を忘れてしまうとは我ながら情けない。
一旦便利屋へ戻って娘さんがいるか見てみよう、流石に日が暮れてまで家出する程のおバカさんではないだろう。
しかしまた、あの人混みの中を進むという事を考えてると、額の傷が徐々に疼いてくる。
し、静まれ……俺の額よ……痛みを静めろ!!
俺は道で立ち止まって頭を抑えながらうずくまると『邪魔だ』と声が聞こえたので、そーっと横に移動して再開するが、このままだと埒があかないので、小さな覚悟を決めて突撃する。
額を手で庇うように覆って、人混みの中を再び進むが、さっきよりは人が減っていたが、それでも相変わらず密度が高い。
一応だが、盗まれないように拳の中で金貨を握りしめるが、縁が荒いせいか、尖った部分が刺さって鋭利な痛みを感じる。
やっとの思いで抜け出すと、例の噴水が目に入り一息つく。
酒場は当たり前だが、朝方より騒がしくなっており、野蛮な雄叫びが聞こえるので近づかない方が良いだろう。
俺みたいな奴が入ったら一瞬でボコボコにされて身ぐるみを剥がされる。そんなビジョンが容易に浮かぶ。
ふと先程まで闇が深い事が行われていた場所を見ると、そこには鎧を着た男達によって境界しかれ、立ち入れないようになっていた。
ずっと突っ立って見ているのも邪魔なので、俺はそそくさと便利屋へ向かう。
扉を開けて入ると、そこに見えたのはレイグさんと話している金髪ミディアム少女の後ろ姿だった。
「ああ、やっとお戻りになりましたか!」
扉の開閉音を聞いて俺の方へ振り返ったレイグが歓喜の声を上げる。
「ほら、蒼河さんに謝りなさい」
そう言われると、少女はヒラリとこっちを振り返り、俺の前まで移動し始める。
少女の透き通った紫目に、緊張している俺が反射する。
白いドレスを着ているので正面から見ると、勇者の救いを待つ拐われたお姫様そのものだった。
少女の桃の様なピンクの唇に、ゆっくりと言葉が乗る。
「私にも少しは非があるが、大体扉の前にいたあんたが悪いんだぞ!」
少女は腰に両手を当てて、一切引くことの見せない姿勢で言う。
「どうしてこんな子になってしまったんだか……」
レイグは頭を抑えながら呟くと、少女の脳天にパシッとチョップを入れる。
「うがッァ!痛いぞレイグお爺ちゃん!」
クリティカルだったのか、少女は両膝を床につき、目の上に涙を溜めて頭を抱えてる。
目の前にいたのが白いドレスを着た可憐な金髪少女だったもので、お姫様様な幻想を一方的に抱いていたが、今はその時の俺をぶち殺したくなった。
「そうでした、夕飯の支度が完了しているので、そこの席にお座りください」
レイグは両手をパッパッと払い、俺に向かって言うと、そのまま足早に店の奥へ消えてしまう。
やっと飯にありつけるので本来歓喜の感情の方が強くなるはずだが、今さっきの出来事の衝撃で胃も活動を否定している。
とりあえず夕食が来るまで椅子に座ろうと思ったが、ずっと床に伏せている少女を放っておく訳にもいかないので、適当に声を掛ける。
「えっと、大丈夫か?」
俺は安直で、一番表裏が感じられないであろう言葉を選択する。
「うぐぐゥ〜」
少女は犬の様に唸ると、老人の様にゆっくりと体を起き上がらせてドレスについた埃をゆっくりと払う。
「ドレスだと起き上がるのも窮屈で仕方ないな、これも仕事だから仕方ないがな」
少女のボソッと発した独り言が耳に届くが、あくまで独り言なのでそっとして置いた方が良いだろう。
「あんたが新しく入ったバイトの人だろ、レイグお爺ちゃんから聞いてるぞ」
少女の活発な声が、沈黙を切り裂く。
「そうか、俺の名前は久瀬蒼河だ、よろしく」
俺は学校でするような、余計な情報を含まない無難な自己紹介をする。
「私は"ゼスティ・エバァン"だ、よろしくな」
名前以外何の情報も無い自己紹介だが、屈託の無い笑顔が俺に向けられているので、内心ドキッとしてしまう。
最早、最初に見た出来事が嘘かの様に話が通じるので、それがかえって不気味になっていく。
「とりあえずそこの椅子に座ろうぜ」
レイグさんに座っておけと指定された椅子の場所に移動し、ゼスティと隣合わせになる様に座るが、肝心の話のネタが無いので俺は上着のポケットを弄って金貨を一枚机の上に置く。
単純にこの世界の物価を調べる意味合いだ、自慢とかそう言うのでは無い。
「なぁ、ゼスティこれで高級酒は何本買える?」
俺は足を組んでしたり顔を浮かべ、しまいには頬杖をつきながら有名実業家の様にしてゼスティを見つめる。
「あ、ちょっと待ってくれないか」
ゼスティが立ち上がると、背後にあった戸棚から短剣を取り出してこっちに戻ってきて、それを金貨に突き刺す。そうすると金貨が二つに弾き飛んだ。
「いやッ!ちょまッ!お前なにしてんの!?」
俺はバンッと机を叩き、勢いよく椅子から立ち上がる。
「これは出来が良いが、偽の貨幣だな」
ゼスティが俺を呆れた様に見るので、無言で椅子に座り直すが、やはりこの気持ち抑えることは出来ない。
「そんな!ひどい!俺のなけなしの金が、それが偽物だった確証はあるのかよ!?」
「あんた、ここのバイトになったんだろ?だったらお金はいくらでも入るし、この偽物が流通する前に防げたんだ、早速良い手柄だぞ」
「本当に偽物なら、礼を言わないとな、ありがとう」
俺は上部だけの感謝を述べると、それがゼスティにも伝わってしまったのか。
「あんた、それ本当におもってるか?」
「いや、俺はこの貨幣が本物だと思ってるから、お前の事を割と恨んでる」
「あんたさっきから怖いぞ!感謝したり憎んだり、何重人格なんだ一体!!」
「あとさ、あんたじゃなくて、蒼河でいい」
普通は俺がゼスティの事をお前呼びして『お前呼びはやめろ、私にはゼスティと名があるんだ』って感じで俺が言われる物じゃないのかと思ったが、俺は最初からそれを達成しているので、案外やり手かもしれないと思ったが、結果ただの礼儀知らずにしかならない。
「おう、蒼河だな、分かったぞ」
そんな事を話していると、レイグさんがデカイ皿に料理を乗せてやってきた。
「お待たせしました〜」
「豚の丸焼きじゃないか!」
「おう、うまそうだな」
絵に書いたような豚の丸焼きで、きちんとリンゴも乗っかっている。
俺とゼスティの前に白い取り皿が置かれ、その上に肉が盛られていく。
そうして俺はフォークを片手に、エンジンが全開にして丸一日近く空けた胃袋にこれでもかと豚肉を担ぎ込む。
「美味しいですか?」
急いで食べ物を担ぎ込む俺を見てか、レイグさんが優しい笑みを浮かべて言う。
「は、はい!メチャ美味しいです!」
「猫被りやがって」
JUMP主人公の如く早食いしている俺を、ゼスティが横目で言う。
「お、おかわり!」
レイグさんに向かって皿を差し出しておかわりを要求する。
「ま、まてぇ!!」
俺の皿とゼスティの皿が当たり、カンッという音が店中に響く。
豚を見ると残りはロースの部分が少し残っているだけだった。
ここは一か八か、フォークを握りしめて残り一切れに刺す……はずだった。
俺は肉に気を取られ過ぎていた、額にはデコピンの構えをし、発車準備万端のゼスティの中指が添えてあった。
ベチンッ!ゴッ!バゴンッッ!!
椅子ごと大きく転倒し、そのまま床に衝突する。
「暴力系反対だぜ……グフッ」
ワンショットワンキル、気づいた時には遅かった。
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