第18話 船は町に帰り着き

 ボーグの港に船が帰って来た。

 それを客から聞いた店主の男は店を飛び出して、一心不乱に港へと駆けて行った。


「っはぁ、っはぁ、っはぁ」


 男はボーグの商家に生まれた。

 独り立ちして店を構え、結婚し、子供が三人生まれた。


 しかし店を継ぐはずの長男は冒険者に憧れ、男と口論の末に家を飛び出し、戦場への船に乗って行ってしまった。


―― チャンスなんだよオヤジ! 魔王を倒せば平民の俺が貴族になれるんだぞ!!


「黙れ。馬鹿な夢を見るな。現実を見て堅実に生きろ」


―― はあ!? B級冒険者になったし単独私部隊パーティーでの大型魔獣討伐も五回やった! 前の冬にこの町を襲った魔族にも勝った! 努力して結果も出しただろうが! それで現実を見ろ? バカな夢を見るな? ふざけんな!!


「十人の魔族に百近くの数で挑んでな。それでお前が生き残ったのは幸運なだけだ。病院のベッドに横たっていたお前の姿を、俺は今もはっきりと覚えている」


―― っ、あの頃より強くなったさ! 俺も、仲間達も! 今ならA級冒険者の奴らにだって負けねえよ!


「ならA級冒険者になってからにしろ。そうすれば魔王戦争をカジノと勘違いしなくなるだろう」


―― うるせえんだよクソオヤジ!!


 それが男と息子が交わした、最後の言葉になった。


「っはぁ、っはぁ、あっ、すまない」


 若い頃によく動いた体は今はかなり鈍くなった。

 ひしめく通りでは、避けたはずの者にぶつかってしまうこともあった。

 息を切らせて、普段ならへたり込んでしまうはずなのに、だが足が止まることは無い。


 遂に、やっと、港へと着いた。


 大勢の人で溢れていた。


 町中を歩く余所者達ではない、多くがこの町に住まう者達だった。


 木造の大型船が接岸した。


 人に埋め尽くされた港に鳥の鳴き声が響く。

 男は、そして集まった者達は、固唾を呑んで船を見る。


 タラップから一人、剣士の男が降りて来た。

 剣士が地面を踏んだ瞬間、群衆の中から走り出た女が抱き付いた。


「おかえり! おかえりなさい!」

「ああ、ただいま」


 歓声が爆発した。

 

 そして次々と、帰還者達が降りて来る。

 店主の男は人込みをかき分けて前へと進む。

 弾き出されそうになりながら、必死に前へと向かい、タラップの前に辿り着いた。


「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 男は汗を拭うこともせず、皿のように開いた目で息子の姿を探す。

 既に降りた者達の中には無く、今タラップを降りて来る者達の中にもいない。


 男は両手の拳を強く握りながら、心の中で祈りながら、タラップを睨み続ける。


 男は知っていた。


 領主ササバット・ケルシャー伯爵と、傭兵団の主にしてボーグの大地主である鉄髭のグルニャックの企てを。


―― ササバットとグルニャックによる魔王討伐を成す為に、冒険者達を捨て石にする。

―― まずは余所者よそもの達を、それでも足りなければボーグの町の者達を。


 親しくしている商業ギルドの上役は、「『魔王を討伐した者達は、聖霊に願いを一つ叶えて貰える』という伝説を奴らは信じている」と言っていた。


 それを息子に伝えることができなかった。

 親の贔屓目ひいきめを差し引いても、息子は真っ直ぐで仲間を大切にする性格だった。


 だからこの秘密を守ることはできないと考えたのだ。

 

「あ」


 数人の仲間を引き連れた青年がタラップを降りて来る。

 

 草臥れた様子だったが、五体満足だった。


 男は走り、青年の前に辿り着いた。

 何かを言おうとして、しかし男の口が動かない。


「オヤジ、ただいま」


 その言葉を聞いて、男は声を上げて泣いた。


* * *


 生還を喜び抱き合って涙を流す者。

 叶わず戦場に果てたことを知り涙を流す者。

 

 数多の言葉、数多の結末が生み出す喧噪は、しかし最後に船から降ろされた者が現れたとき、ピタリと止まった。


 魔族の将だと誰かが言った。


 手足を鎖に繋がれ、粗末な衣服を着せられて。

 歩む度に鎖の擦れる音を響かせながら。


 しかし威風堂々と、将の覇気を纏う赤髪の大男。


 罵声は一つも上がらなかった。

 群衆の誰もが彼に気圧されていた。


 まるで王のように歩む彼を、白馬に跨った男が出迎えた。


「私は第二王子オルベト・コラスコン・ポルカル。魔族の将、赤隆丸に相違ないか」


「ああ、そうだ」


* * *


 ボーグの遥か上空。

 一日以上の時間を経て、なお途切れることなく刃輪は歌う。


 歩み続けた者達の始まり、歩み続けた者達の道程、歩み続けた者達の想い。


 苦難の日々の中にも喜びはあり、悲しみの先に光を見出す。


 力を欲し前へと進む者。

 力に敗れ倒れた者。


 全ては道となり、人は運命の終わりまでその上を歩いて行く。


 希望を信じ、祈りを信じながら。


「運命の果てにあるのは、しかし人の絶望」


 歌と共に膨大な魔力が、とても静かに編み上げられていく。

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