第17話 ありえない

「ジニックさんがですか? 信じられません」


 紅樺べにかば色の洸に包まれるナオの腕の中で、チェルシーが驚愕きょうがくの声を漏らした。


『あいつは俺達の中で一番冒険者が上手かった。魔力量が落ちたとはいえ、傭兵団程度に後れを取るとは思えない』


 ナオ達の乗る白豹、ロバートの声も驚きを含んでいる。


「……うん」


 ナオもジニックの抜け目の無さを承知している。

 環境への適応力、状況への対応力は特筆すべきものがあり、王国南部では『火消し』の異名で呼ぶ者もあったという。


『鉄髭に何か奥の手があったのか?』

「……まあ、そうだね」


 進路上にバリケードや兵士達が立ち塞がるが、ロバートの炎に触れた瞬間に焼失する。


「……鉄髭の娘さんとの間に子供が生まれてたんだって。それで投降して、今は親子でお話し中」


「なるほど」

『なるほど』


 港から続く長大な洞窟の最奥。

 道を蓋のように閉ざす鋼鉄の扉と魔術の結界、その前に陣取る三体のギガス・メイル達。


 ナオは懐中時計を出して針を確認する。


「ロバート」


 あと10秒。


『問題ない。突っ切る』


 ロバートの放った白炎の吐息ブレスが走る。

 灼熱の光が消えた後、ナオ達の進む先には茜色の空があった。

 

* * *


「ふむ、どうやら何か間違えたようだな」


 腕を組んだササバットがモルダンを見て、ネリーナを見て、スティナへ顔を向けた。


 スティナは笑みを浮かべたまま何も語らない。

 だからだろう、視線は再びモルダンの方を向いた。


「勇者殿、殿下の御心を教えてはくれないかね」

「……生憎と俺はおべっかが苦手でね」


「かまわんよ」

「じゃあ遠慮なく。俺を紋章勇者にしてくれた懐深きクソ王女殿下はな、バカ野郎って言ってんだよ。勿論、お前のことをな」


「……ほう」


 モルダンの後をネリーナが続ける。


「失礼ですが、領主様は魔族と戦ったことはありますか? 直接刃を交えての、という意味ですが」

「ない」


「それは実に幸運なことです。勇敢で主思いの配下をお持ちなんですね。だから魔族と刃を交わすことなく、こんな場所でふんぞり返っていられる」

「不快な物言いだな。臆病で卑怯だと言いたいのか?」


 二人、剣の柄に手を掛けた兵士の気配があった。


「臆病にさえなれてない奴は黙ってなさい、という話です」


 呻き声が二つ、剣が床を転がる音が二つ、そしてスプーンが転がる音も二つ。

 モルダンが立ち上がると、一緒にネリーナも席を立った。


「数で魔族は倒せません。今行っている愚行はすぐ改めるべきだと忠告しておきます」

「なるほど、貴重な意見だったよ」


「それでは帰らせてもらおうか」


 モルダンは右人差し指で空を指す。

 空の景色を挟んで、古城を覆う強力な魔術結界があった。


「君も勇者なら何とかしてみたまえ。何、壊したとしても、一切の責めを問わないと約束しよう」


 テラスに兵士達が集まって来る。 


「ササバット様、妾の陣営に来る気はありませんか?」

「くっく、愚問だな」


 立ち上がったスティナがモルダンの側に寄り、ネリーナが溜息を吐いた。


「ねえスティナ、勧誘ならもっと上手い方法があったでしょ。というかする気あったの?」

「駄目元程度ですわ。港町ボーグの歴史と文化は少しだけ惜しいと思いましたので、ササバット様とこの町の意思を妾自身で確認したかったのですわ」


「おや殿下、お帰りにならないのですか? ならばしばらく、そう、次の王が決まるまでこの城でゆっくりしていくがいい」

「ご遠慮致しますわ」


 モルダンは両手にネリーナとスティナを抱えた。

 領主のササバットは悠揚と椅子に座り、兵士達も動かない。


 この古城の結界が破られることは無いと、彼らの表情には強い確信があった。


「残りの『首狩り人形』と『小さき城塞』、そして『火宴の剣士』も直にここに来る。我が最強の友人であるミルルックの招待によってな」


 冒険者殺しとして悪名高い魔剣使い、ミルルック・ムーポット。

 ロバートを圧倒する魔力量と、二千年級の魔剣ミストラル持つ、吸血鬼の血を引く男。

 ホリフューン王国の裏社会で最強と恐れられる怪人物であり、不可侵の存在として君臨するでもあった。


「そうか」

「半殺し程度になっているだろうが安心したまえ。治療の用意はしてある」


 モルダンとネリーナは近付くを感じていた。


「なあスティナ。この結界が無くなれば転移できるよな」

「ええ、可能ですわ」


 地面から斜めに白炎の柱が走った。

 古城の上空から眩い光が落ちて来る。


「何という力だ。まさか、いや。しかしこの結界は」


 激震。

 白い炎の輝きに呑まれて、結界が消えた。


「ありえない」


 モルダン達の隣に。

 そしてササバットの前に。


 陽炎かげろうを背負う巨大な白豹が降り立った。

 

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