第12話 まあ、そんな!

 洞窟の最奥。

 天井に空いた大穴を抜けた先に、一つの古城があった。

 正面には分厚い石の門、両側には切り立ったがげそびえている。


「九十一年前に我が国が滅ぼした王国、その最後の王が果てた場所ですわね」

「ああそうだ」


 古城のテラスに置かれた丸テーブルと椅子。

 モルダン達は城の兵士に案内され、それぞれで椅子を引いて腰を下ろした。


 モルダンとネリーナ、そしてスティナ。

 四つ目の椅子には壮年の男、この地域の領主である【ササバット・ケルシャー】伯爵が座った。


 兵士によって茶と菓子が運び込まれ、テーブルの上に並べられる。


「あら美味しい。これ、プールンカのお茶よね」


 ネリーナが茶杯に口を付け、感嘆の声を漏らした。

 茶に用いられた葉は、この地方に自生するプールンカと呼ばれる木のものであった。


「魔獣化した木から採られた最高級品ですわね。けれど最近は滅多に採れないと伺ってまして、妾も口にするのは半年ぶりですわ」


 魔獣化したプールンカの葉を煎じると、甘く爽やかな、金木犀きんもくせいと酒精の混じったような香りが立つ。

 ホリフューンの王室以外にも他国の王侯貴族や富裕層へ高値で輸出されており、一般人ではまず目にすることさえないものだった。


「御二方に喜んで頂けて何よりだ。この茶はケルシャー領の誇りだからな」


 鷹揚おうようにササバットが頷く。


 モルダンは手にしたスプーンを菓子の皿へと向ける。

 すももやなし林檎りんごのコンポートの上に、生クリームが綺麗に盛り付けられていた。


(美味くはあるが腹の足し程度だな。結局スティナのせいで昼飯を食べそびれちまったし……)


 無心にスプーンを口に運ぶ。

 スティナとササバットの話は本題へと入り、耳だけは傾けるようにした。


「殿下も知っての通り、このボーグの町は滅ぼされたケルシャー王国の王都であった。ホリフューン王国の支配を受け入れたが、我らの魂はケルシャー王国にある」

「結構ですわ。妾もあなた方が反旗をひるがえすようなことをしなければ、内心まで踏み込むことはいたしません。妾を急進的と仰る方も多いですが、目指しているのは融和による王国の繁栄ですわ」


寛恕かんじょ痛み入る。その言葉通りならば、俺も大人しくしている積もりだった」


 トントントンと、指がテーブルを叩く音が響く。


「白炎獣の迷宮が攻略され、同時にサークットがこの国を去った。A級私部隊パーティーの黒狼党は壊滅し、嵐の誓いは殿下の走狗そうくとなった。冒険者ギルド本部は殿下に近い前コラスコン侯爵が掌握し、新しい当主は殿下が後見人になったと聞いた」

「仰る通りですわね」


 走狗になった覚えはないが、概ねその通りだとモルダンも頷いた。

 同時に第三者から改めて聞かされると、実に香ばしい内容だなとも思った。


「白炎獣の遺産によって武力を強化し、邪魔な王の相談役であるサークットを排除。冒険者達に信望が厚く、手綱を取るのが難しい黒狼党が消えたのを機に、冒険者ギルドを私物化。多数の貴族と繋がりのある光剣同盟を切り、他の王子どものつばが付いていない嵐の誓いを手に入れる」

 

 一息入った。


「そして、だ。前コラスコン侯爵である腐れエグバートが掌握しょうあくした冒険者ギルドを使い在野の戦力を確保。半魔人であり長寿のイェルナ・コラスコン新侯爵がいることで、長期的な計画の立案と遂行も可能になった」


 モルダンの皿が空になった。

 横に立つ兵士にお代わりを頼んでみると、新しい皿が運ばれて来た。


「実に臭う。いや、この場合はあからさまと言った方が適当か」


 興が乗った楽しそうな声音だなとモルダンは思いながら、スプーンを動かし続ける。


「殿下、スティナ・ポルカル第一王女殿下。侵略を考えているな? 魔王戦争が終わった後、この大陸に武を以て覇を唱えんと、その内に野心を燃やしているな?」


 モルダンはスプーンを止めて顔を上げた。

 ササバットの、渾身こんしんの決め顔があった。

 

 横のネリーナがブハッと吹いた。

 スティナは『まさに驚きました』という顔をしていた。


「まあ、そんな!」


 スティナのその声テンプレに、モルダンの我慢も敗北した。

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