第11話 ある冒険者達

~ * * * ~


 ミルルックはボーグの下町で生まれてから六十七年の時を生きて来たが、四分の一混じる吸血鬼の血が肉体を青年の姿に留めている。


 ミルルックは裏の世界の住人の為、ホリフューン王国の強者として名が上がることは少ない。

 だが少なくともボーグの町に生きる者達は、王国北部で生きる者達は、ミルルックの強さと恐怖を知っている。


「たかがA級冒険者の小僧と思っていた」


 ミルルックは傭兵として世界を渡り歩き、万の数を超える敵をその剣で斬り殺して来た。

 その中にはA級冒険者だった者もいた。


 剣士と、槍使いと、魔法使い。


 剣だけで成り上がった野心家、正義感に溢れた武人、善悪に価値を持たない探求者。


 生まれも育ちも、冒険者としての生き方も戦い方も全く違う彼らに唯一共通していたのは、自分の強さに対する絶対の自信を持っていたことだった。


 一太刀で小山を斬り、一突きで雲を穿ち、杖の一振りで大地を凍らせた。


「あいつらに比べれば雛鳥だと思っていた」


 ミルルックの握る剣が白鋼の剣の刃を受け止めた。

 凄まじい衝撃がミルルックを襲う。


 冷や汗を流すミルルックに対して敵は、A級冒険者のロバートの顔には、汗一つ浮かんでいなかった。


 ミルルックは力任せにロバートの剣を弾いた。

 怒声を上げて追撃の剣を振るうが、ロバートの剣に受け流されてしまう。


 ミルルックの剣は二千年を経た大業物の魔剣【ミストラル】。


 かつて敵国の将軍を殺して奪い、自らの愛剣とした物だった。

 断じて、そこいらの町の武器屋で買えるような剣で打ち合える物ではなかった。


 材質の格が違う、注ぎ込まれた技が違う、秘める魔力の次元が違う。


「何故だ」


 ミルルックの耳に、耳障りな自分の怒声が響き続ける。


 つい十分前まで、ミルルックは自分が強さの頂きに立つ者の一人だと思っていた。


「何故貴様はこんなに強くなった?」


 大業物の魔剣が白鋼の剣を斬れない。

 そしてミルルック配下の最高戦力『洞窟六鬼衆』は、ロバートの仲間であるメイドと魔法使いによって倒され、事切れていた。

 

「どうやってその強さを手に入れた!」


 『串刺しの樽亭』は機械仕掛けの料亭であった。

 スティナ達を招いた部屋は既に別の場所へと移動を終え、代わりにミルルック達の入った地下闘技場がナオ、チェルシー、ロバート達を出迎えた。


 規格外の魔剣ムスペルを失ったロバート、滅びた大公家の血を引くチェルシー、そして零落した英雄のナオはスティナ達への人質として使う予定だった。


「答えろ小僧!!」


 ミルルックの渾身の一撃が、遂にロバートの白鋼の剣を半ばから折ることに成功した。


「貴様に答えるものはない」


 ロバートから立ち昇る魔力から、白い火の粉が噴きでる。


「ナオ」

「モルダンとネリーナの居場所はわかったよ」


 死んだ者達から情報を取られたか。


「了解だ」


 ミルルックは全てに勝ち、地位も名誉も金も奪い取って来た。

 常に強者の側に立ち、弱者を踏み潰して来た。

 なのに武器を失ったロバートから感じる覇気に、魔剣を持つ自分の方が気圧されている。


「ミストラルよ! 全ての力を解放せよ!」


 ミストラルの剣身が氷風の嵐へと変わった。

 凍て付く風が荒れ狂い、余波を受けた闘技場の床や壁、天井が凍り付いた。


 だがミルルックの前に立つロバートは無手だった。

 折れた剣を鞘に納め、拳を構えることさえしていない。


「舐めるな小僧!!」


 ミルルックがミストラルを振り下ろした。

 長大なミストラルの剣身に、王国北部最強のミルルックの剣速が加わる。


 紙一重。

 斬る寸前。


 ロバートの翠色の瞳と目が合った。


「獣相変幻」


 莫大な魔力がロバートから放たれる。


『【デイブレイク・ホワイトレパード】』


 白い炎が噴き上がった。

 ミストラルの氷風の嵐が消し飛ばされた。


 ミルルックの目の前に屹立きつりつする、巨大な白いひょうの姿があった。


「何だ、これは……」


 ミルルックに理解できたのは唯一つ。

 これには勝てないという真実だった。


「ありえない……」


 白豹の炎の拳が振り下ろされた。

 ミルルックはちりも残さず、この世から消えた。


* * *


「ちくしょう!」


 剣士の少年が床に拳を打ち付けた。

 複層合金製の床はびくともしなかった。


「ここまで派手にやってるんだ。王政府が黙っちゃいないさ」

「……せめて私達が死ぬ前に動いて欲しいものだわ」


 魔法使いの青年は皆を励まそうと声を掛けたが、横に座る神官の少女は諦めの混じった声で応えた。


 格子窓の外には、果てること無き地下トンネルの景色が流れて行く。

 

「魔王軍と戦うことはできるんだ。そもそも俺達はその為にここに来たんだろ?」

「だが傭兵どもの弾避けだぞ!? 捨て石前提の戦場に隷属の首輪を嵌められて放り出されるんだ! 生き残れる訳がないだろうが!!」


 老ドワーフの重戦士の言葉に、激高した剣士の少年が怒鳴り返した。

 そう、この檻に閉じ込められた者達は皆、隷属の首輪という魔法具を付けられていた。

 首輪に設定された主の命令に逆らえば激痛が走り、無理に外そうとすれば致死の猛毒が注射される。

 また被用者の魔力を乱す呪詛を常時発しており、主の許可なくば魔法を使うことができない。

 

「この町のギルド、傭兵団、神殿、そして領主一族。彼らはどういう了見をしているのでしょうか。このようなこと、発覚するれば極刑は免れないというのに」

「おいおい姉ちゃん、頭湧いてんのか?」


 女剣士の呟きを横の男がわらう。


「何が言いたいのしょうか?」

「今言ったメンツが徒党を組んでんだ。どうやったら発覚するってんだよ」


「あなたこそ知らないのですか。王政府にはこのような事態に対応する専門の騎士がいるのです。彼ら特務騎士は非常に優秀であり、」


―― はっはっは!!


 男の哄笑が響いた。


「俺がその特務騎士だよ。ついでに言えば、仲間は皆殺されちまった」

「な!?」


 格子窓の外の景色が変わる。

 巨大な地下洞窟と、そこに作られた港湾施設。

 黒塗りの船が三隻停泊し、出向の為の荷が積み込まれている。

 

「あれが俺達を積み込む船か。ケッ、周囲の警備も万全ってか」


 黒鹿剣角戦士団こくろくけんかくせんしだんの紋章を鎧に付けた兵士達が、港中に配されていた。

 全員が完全武装の出で立ちであり、時折、索敵魔法の波動が洞窟内を走って行った。


 格子窓の外の景色の流れが止まった。


「出ろ」


 兵士が扉を開けた。

 囚われた冒険者達が檻の外へと歩いて行く。

 

 港には次々と馬車が乗り入れ、隷属の首輪を嵌めた者達を下ろし、去って行った。


「ようこそ勇敢なる冒険者諸君!!」


 兵士の一人が声を張り上げる。

 

「異郷の地よりの参戦! 誠に痛み入る! 我らが責任を持って相応しい戦場に送り届けよう!」


 冒険者達の好意とは真逆の視線を受けて、兵士の口角が上がる。


「船には最高の食事と寝床が用意してある!」

「……あの貨物船にどうやって人数分の寝床を用意すんだよ。ハンモックを蜘蛛の巣みたいに吊っても足りねえぞ」


「足りるとも。諸君らを隙間なく船底に詰め込めばな。食事は上からパンくずを放ってやる」

「…………奴隷船より質が悪いな」


「何を言う。君らは既に我々の奴隷だよ。さあ船に入りたまえ」


 くぐもった声を上げた冒険者が何人もいた。

 中には意識を失って倒れた者もいた。

 隷属の首輪に抗った為だ。


「ふむふむ」


 兵士が気絶した少年を蹴り飛ばす。


「こういった反抗的な者は現場の足を乱す。事前に間引くことができて良かったよ」


 再び兵士は少年を蹴ろうとした。

 すると彼に覆い被さった者がいた。


 神官の少女が震えながら、少年を守ろうとしていた。


「君も間引いた方が良さそうだ。残念だよ。君のような可愛い子は、別の使い方もあったのに」


 兵士が剣を抜いた瞬間、船の上の天井が爆発した。

 そこから噴き出した白い炎を浴びて、三つの船が燃え上がった。

 

「な、なんだ!?」


 船を燃やす炎の中に、巨大な白い豹の姿があった。


『カッ!!』


 豹の怒声が響くと同時、炎の波動が洞窟の中を駆け抜けていった。


 黒鹿剣角戦士団こくろくけんかくせんしだんの兵士達が白炎に包まれて灰となった。

 冒険者達は紅樺べにかば色の結界に包まれて無事だった。


 白豹が燃える船を蹴って跳躍し、冒険者達の前に立った。


「おっきい……」


 人の三倍ほどの高さに、翠色の眼が光っている。

 その両肩に座る少女の内の一人が舞い降りた。


「「メイド?」」


 彼女が銀色の戦鎌いくさがまを右手に出した瞬間、姿が消えた。

 ここに連れて来られた冒険者の目にはそう映った。


 風切り音が彼らの背後から聞こえた。

 彼らが振り返るとそこに少女の姿はなく、白豹の姿も消えていた。


「彼女達は一体」


 カランカランと音が響いた。

 それは冒険者達に付けられた隷属の首輪が絶たれ、地面に落ちた音だった。


 多くの者が呆然とする中で、神官の少女は感謝の祈りを捧げた。




* * *

* * *


*ミルルック・ムーポット:魔力量4700。

・67歳。四分の一だけ吸血鬼の血が流れている。

・C級冒険者。主に傭兵として活動している。

・三十年前にボーグの町に帰り、領主一族の食客となった。

・ボーグの裏の切札。

・長年紛争地と裏の仕事をこなして来た歴戦の猛者。戦い方は我流。常人を超えた魔力の出力と歴戦の経験により敵を圧倒する。

・なおロバートと比較すると剣技はやや劣り、魔法の技量では大きく負けていた。

・魔剣ミストラル……二千年を経た魔剣。使用者へ魔力量+3000、解放時には更に+7000。


*兵士の男:魔力量750

・32歳。人間の男。薄く何かの獣人の血が混じっている。

・嗜虐的な趣味を持つ。隷属の首輪を付けた冒険者を嬲っていた所、ロバートの炎の波動を受けて灰となった。

黒鹿剣角戦士団こくろくけんかくせんしだんの裏方を務めていた。


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