第10話 町の裏へ

 大湖の上を船が進む。

 流れに逆らい、風に逆らい、決して止まることなく母なる港を目指す。


「ボーグへ」


 船首を向く冒険者が呟く。


「ボーグへ」

 

 船首を向く傭兵が呟く。


「「我らが故郷ボーグの町へ」」


 誰もが呟き続ける。


 船は進む。


* * *


 黒猫のアザラムがナオの元に戻って来た。


「相当な間抜けがいた……」


 ナオはベッドに倒れ込んだ。

 老舗しにせの宿の、風格のある木目の天井が目に映った。


「神官でしたか?」

「いやチェルシー、全部いた」


 体から力が抜ける。


「この町の水の神殿の神殿長、傭兵団の団長。ジルトンは領主の長男だってさ」


 パタンッという本を閉じる音と、わさっと揺れるおっぱいの音が聞こえた。


「首を狩るのですか?」

「私は見なかった、聞かなかった、口をつぐんで今日は寝る、でいいでしょうか補佐殿?」


「宿題は後回しにすると大変ですよ」

「あ~、チェルシーが学校の先生みたいなことを言う~」


 手足を動かし気持ちを表現。

 ジタバタ、ジタバタ。


―― 届けこの想い!


「はい」


 ナオの足裏に冷たい氷がピタッ。


「あう!?」


 飛び上がったナオはベッドから転げ落ちそうになるが、泡の結界に包まれてプカプカと宙に浮かび上がる。


「それで。どうしますか隊長?」

「う~ん、おや?」


 窓に一羽のからすが止まった。


「ネリーナの魔法兵ですね」


 チェルシーが窓を開け、烏を部屋の中へ入れる。

 テーブルの上に止まった烏は煙となって消えた。


 後には手紙と地図が残されていた。


* * *


 ナオ達が泊る宿から離れた場所にこの町の歓楽街があった。

 酒場や大衆料理屋が軒を連ねる通りから裏の路に入れば、仄暗い闇の中に明かりを灯す、何を売っているのか定かではない、数々の店が姿を現す。


 そこでは表で手に入れ難い品々、法規制のグレー上にある物や、はっきりと法で禁じられた物を取引することができる。


 遊び半分で訪れる観光客もいるが、ここの住人達もわかっているので、相応の対応をして送り返す。


 そしてぼったくりの品を手にはしゃぐ客達へ、彼らは一つ忠告をするのだ。


―― 「この道の奥にある『倒れた鎧』から先へ行ってはならない」


 と。


 客達が何故かと聞けば、店の者達は「忠告はした。死にたければ行くがいい」と返す。


 客は観光に来ている者達だ。

 好奇心が強くなっている。

 せっかくの異郷の地、ちょっと見るだけならと、『倒れた鎧』を探す者はそれなりにいたりする。


 しかし結局『倒れた鎧』は見付からず、諦めて表へと引き返していく。

 そして郷里へ帰り、思い出話として家族や友人達へ語る。


 それが港町ボーグの有名な怪談『倒れた鎧』だった。


* * *


「静寂のとばりよ 閉ざされし扉を開け」


 古く汚れた赤煉瓦あかれんがの壁に波紋が走る。

 その中心から広がった穴の先に、奥へと続く石畳の道があった。


「あれが『倒れた鎧』ですか」

「だね」


 道の脇に、心臓の部分に大穴の空いた鎧が転がっている。

 鎧には魔力の気配があり、朽ちず残っているのは、魔道具である為だろうとナオは思った。


「『串刺しの樽亭』はこの先だそうだ。そこにモルダン達と第一王女が待っている」


 ロバートは手紙を畳んで懐に仕舞い、飛来した矢を炎で焼き払う。


「まるで迷宮ラビリンスだな」


 壁の煉瓦が剥がれ、組み合わさり、狼と猪の形をした魔法兵となる。

 

 煉瓦の剥がれた後には、幾つもの矢穴が規則的に並ぶ金属製の壁が現れた。


「不幸にも辿り着いちゃった人は、ここで命を落とすという訳か」


 チェルシーが結界を展開すると同時に、矢穴から金属製の矢が一斉に吐き出された。


「この設備かなりのお値段だと思います。後で弁償しろと言われないでしょうか」

「先に仕掛けて来たのはあっちで、こっちは正当防衛で無問題。でも今回は壊す必要もないかな」


 ナオは目を凝らして周囲を視る。


「完全機械化とはなってないね。動かしている人がそれなりにいる」


 ロバートの放った炎が魔法兵を吹き飛ばした。


「眠りの力よ 掴み取れ」


 ナオの影から現れた十七の黒手が建物の中へと走っていった。

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