第6話 本命、対抗、大穴

「ナオ、彼はどちら側の人間でしょうか?」

「わからない。まあ、結論はアザラムが帰って来てからだね」


 ジルトンとの出会い方は、まあ、そういう偶然もあるだろうとナオは思う。


 だがしかし。


 冒険者ギルド支部長がA級私部隊パーティーに船を出せないと言っている状況で。

 大傭兵団の黒鹿剣角戦士団こくろくけんかくせんしだんが船を独占している状況で。

 トドメに王政府からの通達が出ている状況で。


 船を用意できる仲介業者エージェントって何者だよ、という話になる。


 ついでに、口の悪い男だったが、どつき回した傭兵達の愚痴を一つも言っていなかった。


「彼が魔族と繋がっていたという方が、まだ気持ちが楽なんだよね」


 最悪、首を狩ればいいだけだし。


「しかし、あいつの魔王への怯えは本物だったぞ」

「そこだね。彼は本心から誰かに魔王を殺して欲しいと願っていた」


「下剋上を狙う魔族という可能性はないでしょうか?」

「それはない。魔王となるのは魔王剣を手にした者だけだ。その時代の魔王が死ねば魔族は力を失うか、強制的な羽化を迎える」


「ロバート」

「すまない。うっかりしていた」


「チェルシー、これ聖地の秘事だから」


 ナオはケーキの上に乗っていた大きなマロンをチェルシーに渡した。


「了解です。でもナオが結界を張った時に察してはいましたよ。口止め料を頂かなくても他言はしません」


 ロバートが「魔王となるのは」と言った時点で、ナオは遮音の結界を張っていたのだ。


「あ、じゃあ返して」

「ダメです」


 マロンはチェルシーの口の中に消えた。


「……ロバート」

「すまん」


 ロバートのパフェは空になっていた。

 ナオのフォークは宙を彷徨さまよい、また皿の上に降りた。


「しかしなるほどです。それは秘さねばなりませんね。魔王を倒した後、魔族が全て悪邪となれば、どれだけの被害が出るか想像もつきません」

「良くて大陸一つが消滅。大姉様の時は本当に酷かったらしい」


「伝説にうたわれる紅の勇者様の?」

「うん」


 絶対的強者であり、神器を十全に使えた頃のナオを剣一本であしらった猛者にして義姉。


「魔王は自分の力を分け与えて、人を魔族に変える。魔族を削れば魔王の力は弱まる。かなめの禁軍は倒した。魔王が殆どの力を失った今ならば、一斉の羽化は無い」


 立ち上がり、ジルトンの残した銀貨で会計を済ませる。


 陽の傾きは進み、夕方が近くなっていた。


「本命、不在のハルバ支部長。対抗、鉄髭のグルニャック団長。大穴、第三者というところですか」

「だね」


 ジルトンが用意するのは、ギルドが確保していた緊急用の船だろう。

 もしくは傭兵団が用意した船か。

 

「逆に完全な第三者だったらビックリだよね」

「神殿という可能性はありませんか?」


「ないない。もしそうだったとしたら、相当な間抜けだよ」


 ロバートは神殿の監察を行う聖典騎士でもある。


「神殿がその名を隠して戦士を戦場に送るなど許されん」

「『勇気と覚悟を持った戦士には名誉を与えよ』。火と戦の聖霊バルケンの教えですね」


「うん。私も元聖女として、神官の首を狩ることがないことを祈るよ」

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