第7話 思惑

 店を出たジルトンはしばらく歩き、南区行きの鉄道馬車に乗った。

 向かい合わせの座席には空きがあり、ジルトンは静かに腰を下ろした。


 馬車が動き出す。

 窓の外には古い街並みが途切れることなく続く。


 若い女が歓声を上げ、隣の男が蘊蓄うんちくを語り始める。

 他にはガイドブックを広げて行き先を語り合う者、はしゃぐ子供をなだめる者、他愛ないお喋りをする者。

 それに眉をしかめる地元の者。


 皆が一緒に、回り続ける車輪の振動に揺られ続ける。


 五度目の駅の停車。

 乗り込んで来た客の中の一人が、ジルトンに気付いて近付いて来た。


「これはジルトン様。今日はプライベートですか?」


 にこやかに挨拶した小太りの海岸小人ベイリトルが、ジルトンの隣に腰掛けた。


「仕事だ」


 馬車が動き出した。

 

「剣を持たない方のですか。それはそれは。まあ鉄髭殿やハルバ支部長のお陰で我ら仲介業者エージェントは休む暇がありませんからな。家族サービスもままなりません。妻と娘には小遣いを倍にすることで我慢してもらっていますよ」


 景色の雰囲気が変わる。

 真新しい建物や建築中の建物が立ち並び、観光客の姿は消え、作業着姿の者達が通りを行き交うようになる。


「この好景気には魔王が討たれた後も続いて欲しいと思いますがね。いやはや、不謹慎ですが、魔王にはもう少しだけ頑張って欲しいと考えてしまいますよ」

「馬鹿か貴様は」


 ジルトンの侮蔑ぶべつ海岸小人ベイリトルの男が苦笑した。


「ここの脅威は去りましたからな。今の我らが心配するのは、明日の飯の種だけです」

「まったく羨ましい。今日が終われば、何事も無く明日が来るって信じられるんだからな」


「平民は立ち止まれば飢えて死ぬのですよ。我らには税を納める義務が課されています。しかし我らに明日があることを疑わせないようにするのは、剣を持つ方々の責務ではないでしょうか」


 建物の後ろに、巨大な船が幾つも連なる景色が現れる。

 港が近い。


「もうこの町から戦場は去って行きました。それで我らは満足なのです」


 冒険者を送ろう、傭兵を送ろう、物資を送ろう。

 それをするのは、この町ボーグの利益になるからだ。


藪蛇やぶへびを突くべきではありません。それはこの町の者達、全員の願いです」

「……わかった」


 馬車が停まる。

 ジルトンは立ち上がり出口へと向かう。


「ジルトン様。この町の為ならば、我らもできる限りの協力はさせて頂きます。いつでも、お申し付け下さい」

「ああ、安心しろ。そうならないようにするよ」


 駅から歩いて五分。

 ジルトンは真新しい集合住宅の中へと入って行った。

 三階の廊下の突き当りのドアを開けた。

 

「どうでした?」


 ソファーに座る鱗人スケイルマンの神官からの問い掛けに、ジルトンは首を横に振った。


「そうですか」


 神官の対面に座るグルニャックが口を開く。


「何故に首狩り人形は提案を断った?」

「魔王を殺す気はないんだと。あいつは勇者ラルフを追いたいそうだ」


「ロバート・トンプソンは?」

「魔王に挑む理由はないと仰せだ」


「むう、魔王にまで迫れば再会できるだろうに。ロバートめもA級冒険者の矜持きょうじはないのか」

「困りましたね。ラルフ殿のいない戦場をこそ、ナオ殿とロバート殿にお願いしたかったのですが」


「自分も魔王と戦うまでは損耗を避けたい。しかし現状、その為に送る余所者どもは将でさえない魔族に返り討ちにっている」

「わかっていましたが、魔族は本当に強いですね。まさかB級冒険者の【シルヴェスター・ディーマー】が死ぬとは思いませんでした」


 素行不良だったが、戦闘力だけは王国北部で五指に入る実力者だった。

 そしてこのような時の為に、ボーグ支部はB級としてシルヴェスターをぐうしていたのだが。


「生き残った魔族は残りかすではなく、精鋭だったということか。或いは窮鼠きゅうそに噛み殺されたのか」

「いずれにせよ対応を考えねばいけません。ナオ殿がスティナ殿下と繋がっていなければ、こうも回りくどい方法を取らなくてよかったのですが」


「第二王子殿下と第一王女殿下は犬猿の仲だからな。嵐の誓いに第一王女殿下の勇者がいる以上、仕方ないさ」

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