第5話 遅めの昼食
倉庫街から少し離れた場所に古い住宅街があった。
百年前に町の中心は東へと移った。しかし今でも多くの者達が住み続けており、また歴史ある街並みの景色を求めて訪れる観光客も多かった。
その一画に
古い木の扉を開くと、注文を頼む客の声と応える店員の声が溢れた。
慌ただしくやって来た魔人の少女がナオ達をテーブルに案内し、にっこりと笑みを浮かべ、メニューを置いて去って行った。
「今日のおすすめと、シェフのおすすめと、オーナーのおすすめか。お腹空いたし、がっつり食べたい」
「私は軽く摘まめるのがいいです」
「俺も特には。ん、この船乗りの戦艦パフェというは何だ?」
「おすすめはどれも量があるが、オーナーのおすすめはオーガやトロルの奴ら専用だ。軽く摘まむ程度なら軽食セットを頼むといい。そのパフェは特大ジョッキにみっちりと盛り付けたやつが来る。見るだけで胸焼けがする」
「すいませーん!」
「はーい!」
「私はオーナーのおすすめを」
「軽食セットをお願いします」
「船乗りの戦艦パフェを頼む」
「……いつもの酒」
「ありがとうございます!」
「改めて、俺はジルトンだ。この町で船の
懐から出したパイプを口に咥え、火を点ける。
テーブルの端に置かれた小さな壺に、煙草の煙が吸い込まれていく。
「さっきは助かった。礼を言う」
「どうも」
「もう一度聞く。船が必要なのか?」
「うん。東へ行きたいんだけど、どうかな?」
「無理だ。東以外なら用立ててやれるがな。北への船とかおすすめだぞ」
元々魔王領であった旧ベルトハイゲン地方は地下資源の宝庫として有名だった。
今は魔王軍が去り、所有者のいない土地や金や銀、石炭などの鉱脈の多くが放置されたままになっている。
それらを狙った者達がこの町に集まっており、北行きの船はプレミアチケットになっていた。
ナオは首を横に振った。
ジルトンはパイプを置いた。
「……バカしかいねえよな、ほんと。何で死にに行きたいんかねえ。なあチビの魔法使いちゃん、剣士の兄ちゃん、あんたら自殺志望者?」
「何が仰りたいのですか? 私もロバートも魔族と戦える力を持っています」
「魔族と戦えますってさ、くく。あ―あ、わかってねえな。ほんと、わかってねえよ」
ナオの目の前でジルトンが笑う。
正の感情が全く見えない、冷たい負の感情の風に乾かされた、死に瀕する者のような笑い方だった。
「俺は恐いんだよ。誰でもいい、魔王を早く殺してくれっていつも祈ってる。取り決めを破って船をあいつらに用立てたのも金貨を積まれたからじゃねえ。あいつらなら魔王を殺せると思ったからだ。駄目だったけどな」
頼まれたメニューが運ばれて来た。
食欲をそそる香りが立ち込める。
「魔王を殺せるなら誰でもいい。その為なら全財産だったくれてやる」
ナオはフォークを取って大盛の揚げ物に突き刺した。
緑色のソースを絡めて口に入れる。
「あ、美味しい。チェルシーもどう?」
「頂きます。もぐもぐ、あ、クロハラオオナマズの揚げ物ですね。美味しいです」
「でしょ! ソースの香草の香りとぴりっとした辛さが凄い合ってるよね!」
「……なあ、首狩り人形さんよ。あんたなら魔王を殺せるか?」
「私は魔王を殺しに行くわけじゃないよ」
―― 殺せる力は、今は無い。
「ちょっと元連れを殴りに行くだけ。魔王の死を望むなら、それこそグルニャックさんに協力するのがいいんじゃない?」
強い渇望を秘めた目だった。
彼は本当に魔王を倒そうと思っていた。
そして、その先にあるものを欲していた。
ならば死力を尽くすだろうとナオは思った。
「無駄だ。なあ、ロバート・トンプソン、ホリフューン王国最強の剣士さん。あんたなら魔王を殺せるかい? 殺してくれるなら船はどうとでもしてやる」
ロバートがスプーンに山盛りのクリームを頬張り、そしてスプーンを置いた。
「俺には魔王に挑む理由はない。ただし、襲い掛かって来るならば、剣を抜くこともあるだろう」
「そうかい。賢明だ。長生きできるよあんた。だがクソだ」
ジルトンがテーブルに手を叩き付けた。
数枚の銀貨が転がった。
「じゃあな。精々がんばって東行きの船を探しな。無駄だろうがな」
立ち上がったジルトンは店の外へと去って行った。
「ふむ」
野菜と木の実のサラダの皿を空け、揚げ物を平らげ、干し葡萄入りのパンを口に入れる。
皿に残ったソースを絡めて一斤近くを胃に納め、林檎のワインで喉を潤した。
「アザラム、ちょっと彼を調べて来て」
『
ナオの影から現れた一匹の黒猫が走り去って行った。
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