今の私は聖女ではない
~ ナオ・ジュノーク ~
私がラルフと旅立って三か月が経った頃でした。
私達は偶然、一人の少年と出会いました。
ラルフに頭を下げて、彼を助ける為に
大国ホリフューン王国の侯爵であり、南方監察武官だったエグバートは、これまでの荒くれ者どもとは違い、ラルフを政治的に抑え込もうとしてきました。
その闘争の中で
あの事件で私は学び、大いに反省をしました。
人の姿とは、一つの方向からだけで見るものではない、と。
やがて魔王戦争が始まり、数度、またエグバートと共闘する事がありました。
善も行い悪も行う。
そしてその両輪をもって国を動かす。
私に貴族という存在を強く印象付けた男でした。
* * *
ナオは香りから如何にも最高級品とわかるお茶を飲み干して、やたらと値の張りそうな茶杯をテーブルに置いた。
「ごちそうさまです」
「……ふむ」
エグバートの、刃のように細められていた焦げ茶色の眼が開く。
「そういえば風の噂で、ナオ様が土の聖女を辞められたと聞きました。いや、流言飛語の
「事実です。本当に良い耳をお持ちですね。神殿内部でも知る者は限られていますのに」
ナオが土の聖女となったこと、『
秘密を取引材料に使おうとしたエグバートにナオは切れた。
ラルフと共に暴れ、結界、裏組織の地底都市の一つが廃墟と化した。
「内通者でしょうか? だとしたら血の雨が降りますね。土の大神殿の法王
「ははは、いえ、ただのかまかけですよ。何、以前お会いした時とナオ様の雰囲気が違いましたらなぁ」
エグバートの引き攣った笑みを見て、ナオも微笑みを浮かべた。
「まあ内通者などと言うより、あなたが独自に情報を集めて分析した結果なのでしょうね。このご時世でも『
「はは、ご
「そうですね」
社会が戦争状態となると、表裏の動きが接近する。
表の条件が動かせない時に裏から働き掛けることで動かせたり、
「競り合うような盤面では一手二手の差が勝敗を決する鍵なりますからね。本当に心強い限りです。あなたがいればホリフューン王国の戦線は大丈夫ですね」
「……はは、いや、さて。それは、どうでしょうか……」
「何でしょうか? らしくない言葉ですね」
ナオが思わず気遣いを口に出す程に、弱々しい言葉と口調だった。
(十中八九、
「ナオ様。どうか私の願いを聞いては頂けないでしょうか……」
「まあ、聞くだけなら」
エグバートがナオに向けて、深く頭を下げた。
「白炎獣の遺産を、取って来ては頂けないでしょうか」
「……」
大魔法使い【白炎獣のバーナット】が遺した神秘。
ナオが耳にしたのは「第一王子が魔族に負わされた目の傷を治療する為」、という話だった。
「A級冒険者の
「彼らは、『黒狼党』と『光剣同盟』は失敗しました。そして、帰還できた者はおりません」
「そうですか……」
ナオはリグットに遺跡の仕掛けの内容を教えてもらっていた。なぜならば、ナオ自身も遺跡の中に眠る秘宝の一つを欲していたからだ。
合わせて眷属に調査もさせ、結論として今のナオには無理だという考えに至った。
(神器の解放に制約がある今の私では死にに行くようなものですね。まあ、昔注文していたあれがあれば、話も違ってくるでしょうが……)
それには莫大な資金が必要であり、何よりもかなり遠い場所にまで行かなければならない。
現実的ではないと、ナオは頭を振った。
「黒狼党と光剣同盟に迷宮の情報を教えなかったのですか? ここの冒険者ギルドには詳細が伝わっているとお聞きましたが」
「……どこでお知りになったのやら。あの幼かった少女が、本当に」
ぽつりとエグバートが
「仰る通り、ギルドの秘伝は余すことなく、彼らに伝えるよう指示を出しました。そして彼らは準備を整えて迷宮へと向かったのです」
「その上で共にA級の彼らが失敗、ですか。迷宮に異変が起きたのでしょうか?」
環境の変化によって構造が変わった、或いは機能にトラブルが生じる事はあるが、十分な情報を持ったA級冒険者の
「……ならば神殿、いえ聖地の力を借りるのは如何でしょうか。私も元土の聖女です。秘されていたといえども、土の大神殿を通せば、聖地も動いてくれるかもしれません」
私事ではためらわれるが、このような理由ならば土の大神殿を頼るのも仕方ないとナオは思った。
「いえ、それは……」
(まさか、そもそも神殿に話をしていない?)
「何がありました」
「第一王子【サークット・ポルカル】殿下は、魔族となってしまわれたのです」
「…………なるほど」
とんでもない
「今は王城の地下に封印しています。聖地が知れば許しはしないでしょう。殿下を元に戻すには、もう白炎獣の遺産に頼るしかないのです」
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