第13話 町への帰還

 あっさりと、皆が殺された。

 生き残っているのは、俺様だけになった。


 俺様はゴミとして生まれた。


 奴隷のままで、虫けらのままで、ヒトでないモノのままで、死んでたまるかと思った。


 俺様は他人にかしずく為に生まれたんじゃねえ。

 俺様は生まれた事を後悔するために生まれたんじゃねえ。


 俺様は俺様が望むものを手に入れる為に生まれて来たんだ。

 この世界に俺様が生きた証を刻み込む為に戦い抜いて来たんだ。


 戦場で死にたいなんて嘘だ。

 戦って死ねたら本望だなんて大嘘だ。


 俺様は生きて、生きて、生き抜いて、殺されて何てやらねえんだ。


―― 迷宮の守護者たる水晶の竜が顎門あぎとを開く。

―― 口腔の奥にまばゆい輝きが見える。


「クソが」


―― 迷宮の入口では簡単に斬れた。

―― だがここの竜の吐息ブレスは斬れなくなった。


―― 迷宮のおかしな絡繰しかけが、俺様達の力を徐々に奪っていったせいだった。

―― 今の俺様は唇を噛み切る程に、とんでもなく弱くなってしまった。


「このジニック様が、こんな所で」


―― 閃光が放たれた。

―― 体が消えていくのが理解かった。


 神よ。

 なあ運命カミよ。


 俺様を生かせ。

 俺様にもっと剣を振らせろ。


 俺様を。


 俺様を!


 俺様を!! 消すんじゃねえ!!


* * *


 ナオ達は盗賊団『忘れられた墓標』から助け出した者達を連れて、エバンの町へと戻った。


 ロバートの操る馬車は大通りを抜け、冒険者ギルドの建物の裏門から入り、指定された倉庫の中で車輪を止めた。


「お疲れさんロバート」

「ああモルダン、こっちこそ面倒を頼んですまなかった」


 準備の為に先に戻ったモルダンの他に、同じく倉庫の照明に照らされた、五つの人影があった。


 ギルド長である【ハミル・エードフ】とその秘書。

 そして武装した女剣士を二人従えた、横幅の広い青年。


「何であいつがいるんだ?」

「例の迷宮の件で話があるそうだ。俺も詳しくは聞いてないんだが、何つーか、ろくでもない感じがする」

「そうだな……」


(そうだね)


 面識は無いが、ナオも彼の事を知っていた。


 副ギルド長【ヨッポス・コラスコン】。


 第一王女スティナ派貴族の子飼いであり、ギルド内の工作を目的に送り込まれた男。

 依頼の仲介、仲裁、諸々の料金などでスティナ派に便宜を図っており、ギルド長のハミル女史とは反目し合う間柄である。


(けれども今ここに、一緒にいる、か)


 この情報はもう古いなと、ナオは思った。

 ネリーナとチェルシーも察したようで、ギルド長達を見る目には警戒の色があった。


「おいおい、スティナ殿下の懐刀が何てざまだ。それにこいつら、もう使えそうにないじゃないか」


 後ろから荷台の中を覗き込んできたヨッポスは、虚ろな目をしてうずくまるジャクリン達を見て溜息をき、き捨てるように言葉を続けた。


「はぁ、こんな事なら死んでくれていた方が良かったよ。それならば悲劇の英雄や忠臣としてプロデュースできたのに。生きてるせいで逆に負債だ」


 成程、下衆げすだなとナオは思った。


「おいこの中にナオとかいう、紋章勇者メッキ野郎情婦いろはいるか?」


 キレて小太刀を抜こうとしたネリーナを抑えて、ナオは左手を挙げて名乗り出る。


「私がナオです。何か御用でしょうか?」

「付いて来い」


 ナオの返事は聞かず、ヨッポスはきびすを返して歩いて行く。

 行って来るね、とネリーナ達に断って、荷台を下りたナオが後に続く。


「ん?」

「下手な動きはするな」

害と判断したら即斬る」


 ナオを左右から挟むように、女剣士達が立つ。

 剣の柄を握り、殺気を隠す事無く放ち、感情の色の無い瞳をナオへ向ける。


「ん~」


 一歩前へ。

 ナオの左足が地面に着くと同時に、二つの音が地面から鳴った。


「「な!?」」


 それは鞘ごと断たれた剣身が落ちた音であり。女剣士達の腰にある剣は半ばより先を失って、ただの残骸ざんがいとなっていた。


「今程度の動きを見切れないようじゃ、あなた達に私を斬るのは無理ですね」


 背後を見る必要はない。

 二人は理解したようだから。


「で、要件は何でしょうか?」

「チッ」


 付いて来いと言いながら、立ち止まらずに一人先へと進んでいた副ギルド長への二度目の問いには、舌打ちが返って来た。


「ある御方が貴様にお会いになりたいと仰せだ。このような、ならず者の掃溜はきだめに来て頂くのも畏れ多いというのに、貴重なお時間を割いて、貴様をお待ちになっていらっしゃるのだ」

「そのような御方からアポを頂いた覚えはありませんが?」


「ハッ、田舎者の小娘風情こむすめふぜいが身の程を知れ。平民の事情など考慮に値すると思うか? 呼ばれたら何を置いてもすぐに応えるのが平民の義務だろうが」

「これまた問題発言ですね。お忘れかもしれませんが、あなたは副ギルド長ですよ。冒険者ギルドの」


「だがこの身には栄えあるコラスコン侯爵の血が流れている。それが全てだ」


 ヨッポスが立ち止まり、振り返る。

 彼の薄暗い茶色の瞳が、初めてナオを映した。


「貴様のような下賤げせんの民、本来ならば無礼打ちにする所だが、それなりの容姿をしている事だしな。いいだろう、俺が買ってやる」

「寝言は寝ながら言って欲しいかな?」

「ふん」


 鼻を鳴らして、また歩みを再開したヨッポスにナオは付いて行く。

 すぐに貴賓室きひんしつの扉の前に到着し、中へと入る。


「将軍、お連れしました」


「ご苦労」


 ヨッポスに応えた声は重く低く、しかし幽鬼ゆうきを思わせる程に熱の無いものだった。


 椅子から偉丈夫が立ち上がる。

 白髪は短く碧眼へきがんは鋭く、胸にはホリフューン王国の紋章が輝いている。


「下がって良い」

「はっ」


 深く頭を下げ、ヨッポスが退室していった。


「お久しぶりですエグバート様」


 魔王戦争の前線で、ナオ達と共に戦った事のある豪槍ごうそう使いの老将軍。


「はい。御足労頂き、ありがとうございます」


 深く、老将軍は頭を下げる。


「土の聖女【ナオ・ジュノーク】様」




* * *


*ヨッポス・コラスコン:魔力量650

・第一王女スティナ派。

・名門『コラスコン』侯爵家の血を引く。

・なお妾腹の生まれであり、『コラスコン』の姓を名乗る事は許されているが、貴族ではない。

・長兄(現当主)の命令で副ギルド長をさせられている。


*女剣士 一:魔力量750

・ヨッポスの護衛。

・騎士家の出身。コラスコン家に買われて、一族の為の剣士として育てられた。


*女剣士 二:魔力量1000

・ヨッポスの護衛。

・元奴隷。コラスコン家の裏の仕事をさせる為に育てられた。


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