第12話 死睡の音色の中で
コルットはふと気になって、剣の手入れをしようかと考えた。
薄汚れた
―― 初めて握った時は重く感じた。
―― 初めて人を斬った夜は、眠れなかった。
山で木を切り、畑を耕しながら家族と生きていた村での日々は、領主の呼び出しによって、あっけなく終わってしまった。
碌な装備も無いままに立たされた戦場。
囮にされ捕虜にされ鉱山へと送られた。
坑道を爆破させ、混乱の中逃げ延びて。
行き付いた果てが義兄との再会で、盗賊の人生だった。
「お頭達、戻って来ませんね」
「そうだな。何にせよ時間は掛かるだろうさ」
今日の獲物は特別だった。
A級冒険者『
一騎当千の強者達を相手に、放浪の武人だった頃の血が騒いでいるのかもしれない。
戦いを終えても熱が冷めず、他で暴れて発散しているかもしれないと、コルットは思った。
「兄貴の生きる意味はもうこれだけだからな」
人として生きる道を壊されて、ただ日々を繋いで、死に場所だけを探すようになってしまったイゼーア。
昔は毎日考えて、今はぽつりと考えることがあった。
もし戦争が無ければ。
もし、俺達が強かったら。
もし、もしも俺達が
「……」
意味のない妄想だ。
「あーあ、俺にも力があればな~。こんなケチな盗賊稼業なんてやめて、戦場で手柄挙げて、貴族様になって、女を抱いて酒を飲んで、面白可笑しく生きれたのにな~」
「あるだろうが、そこに」
適当に捨てられた瓶と樽と、動かなくなったナマモノを指す。
「違いますよ。あんなのじゃなくてですね、もっとこう、キラキラしてるやつっす。皆がすげーって騒いで、俺も俺をすげーって思えるやつですよ」
「具体的に言えよ。けど、まあ、わかるけどな」
コルットは手入れを終えた剣を掲げた。
騎士から奪い、それなりに使い込んだ剣身には、幾つもの傷や
「それを薄汚い盗賊の俺達が手にできるのは、国を盗った時だけだな」
「そん時はお頭が王様っすか?」
「そうだな……」
「でもお頭は」
コルットが切先を突き付けたら黙った。
「良いじゃねえか。一代限りの王様でもよ。その間に国の全てを貪り尽くせば、十分トントンだ」
「そ、そうっすね」
貴族どもは俺達の村から全てを奪った。
戦場に連れて行かれた皆は死んだ。
魔法使いの才覚があるとか言って、連れて行かれた姉さんも死んだ。
姉さんと結婚するはずだった兄貴は戦場で捕虜となり、去勢され、辱められて壊された。
だからもう俺に、俺達にとっては、この世界は続いているだけで地獄なのだ。
「貴族の血で町を染めて、火を放って燃やせば、さぞかし胸のすく気分だろうな」
「良いっすねそれ。盛り上がりますよ絶対」
「おうよ。そうだな、兄貴が戻ってきたら相談してみるか。流石に王都は無理でも、探せば手頃な町があるかもだ」
「は、はいっす。って、ん?」
「どうした?」
「何か聞こえませんか?」
笛の音が聞こえた。
あまりに自然な、風に混じるような音色。
「良い音色っすね。なんだか、とても、眠く……」
「おい!」
仲間の男が
「起きろ! おい!」
コルットが怒鳴っても、揺すっても、殴っても起きない。
「ちくしょう、卑怯な真似をしやがって」
目蓋が重い。
体に力が入らない。
「くそが!!」
コルットは剣で左の掌を貫いた。
「くそが……、痛え」
目が覚めた。
見渡せばコルット以外の誰もが、青白い、安らかな
「あれ、起きている人がいた?」
コルットの知らない声が響いた。
紫色の
その黒髪黒目の相貌は、余りにも有名だった。
「首狩り、人形……」
コルットは左手から抜いた剣に、全力の魔力を込めた。
「この曲に耐えられる人がいるなんて、辺境の盗賊団にしては良い人材がいるじゃない」
少女、ナオは
「まあ考えられるのは逃亡兵か。お兄さんも戦場から逃げた口?」
「抜かせ!」
踏込み、剣を突き出す前に。
「オラッ!」
コルットは左手の血をナオの目へと放った。
「この程度」
「散れ!」
コルットの魔力を含んだ血が、一瞬で濃密な赤い霧に変わった。
この霧は使い手たるコルットには一切の障害とならず、相手の視覚、嗅覚、聴覚、そして魔力探知を阻害する。
コルットはナオの背後に回り込み、全力の刺突を放つ。
―― 大岩を余裕で貫通させるこの技は、仮にまぐれで剣を合わせる事ができても、受け止め切れるものじゃねえ!
「
先に弧を描いたのはナオの
「へ?」
血の霧が消えていた。
剣の鍔から先が消えていた。
ナオの姿も消えていて、コルットの視界が地面へと落ちて行く。
「道を誤らなければ
―― 好きで堕ちたんじゃねえ……。
口に出せたかはわからずに。
コルットの意識が落ちて行く。
冷たい暗黒が魂を侵してく。
遂に凍え果てたコルットの魂は、果ての無い虚無の奥へと消えていった。
* * *
* * *
*コルット:魔力量1300
・イゼーアの弟分。イゼーアに鍛えられ、並みの騎士以上の力を持つに至った。
・『忘れられた墓標』の副頭領。まとめ役。
・魔力量はジャクリンより低いが、剣の技量は上を行っている。
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