第11話 冒険者の覚悟

 ナオは口へビスケットを放り込んで、み砕き、薄めた薬理酒で流し込んだ。


「彼女、盗賊にあと三人が捕まってるって言ってた」

「……助けに行くつもりなのか?」


「…………そうだね。うん、行こうと思う」


 ナオは顔を俯けたロバートの心情を察することができた。

 貴族への憎しみ、A級冒険者たる矜持きょうじ、そして人としての良心の葛藤があるのだろうと。


 ナオがロバート達に出した依頼は、あくまでナオ自身のリハビリである。


 そもそもが、中堅冒険者が受け持つようなこの依頼を、最上位たるA級冒険者私部隊パーティー『嵐の誓い』が受けてくれたのは、完全にロバート達の善意によるものだった。


 町に帰還した折に関係機関へ情報提供をお願いするだけならまだしも、人員救出の為に実際の行動を伴うものとなると、完全に契約外の事案となってしまう。


「魔剣持ちの親玉はもういないし、私の力なら簡単に無力化できる。決して無理をしようって話じゃないよ」


 『忘れられた墓標』の団員は並みの兵士かそれ以下の強さであり、ジャクリンの話を聞いた限りでは、かしらのハイエナの【イゼーア】だけが別格との事だった。


 元は戦争で行き場を失った者達が集まってできた集団であり、イゼーアを失った今は、統制を失いただの烏合の衆となっているだろう、と。


「しゃーない。私が手伝ってあげるわよ! もちろん依頼料無しでね!」

「ネリーナ」


破落戸ごろつきがどもが束になってもナオにはかなわないだろうけどね。でも戦いに絶対はないんだから」

「しゃーねぇ。旦那が知らんぷりはできねえもんな。俺も行くぜ」

「ありがとうモルダン、ネリーナ」


「ロバート」


 チェルシーがロバートに触れる。

 草原小人の少女は静かに、慕う剣士の言葉を待つ。


「……皆。覚悟はあるのか?」


 このホリフューン王国を取巻く現状。


 第一王子の負傷による戦況の加速的な悪化。

 それに付け込むように動き出した第一王女。

 魔族、しかも魔王の側近を名乗り、勇者の相方を務めた『首狩り人形』の、神器の一撃を無傷でしのいだ男の出現。


 ここで更に王族に与するような動きをすれば何れか、もしくは全ての勢力に狙われる恐れがある。


「大丈夫よ」

「ええ」


 ナオの言葉にネリーナ、そしてモルダンもうなずいた。


「「そうなったら逃げるから」」

「女どもの言う通りだ。別にこの国でしか生きれないって訳じゃなし。他の国に、もしくは無人島にだって逃げればいいんだ。何たって俺達は冒険者なんだからな!」


 冒険者は信条は自由だ。

 困難な冒険に、或いは強敵に立ち向かうことが賞賛されるように、政治的しがらみから距離を置き、最後には逃げることになったとしても、マネジメントコントロールの面からプラスに評価される。


「つ、く、あーハッハッハ! そうだな、ああ、そうだ。俺達は冒険者、A級の『嵐の誓い』なんだからな!」


 笑い、そして袖口で目元を拭いて。


「調子戻ったじゃねえかリーダー」

「ああ、ありがとう皆。チェルシー」

「うん」


「しかし逃げるっていうのが、何ていうか、俺達らしいのからしくないのか」


「いいじゃない。三十六計逃げるに如かず。冒険者は命あっての物種でしょ」


 勇者と共に数多の戦場を駆けた村人少女の言葉は、実にてらいのないものであり。


「そうだな。違いない」


 歴戦の冒険者の青年は晴々とした気分でうなずいた。



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