第9話 魔族の策謀家

「やっかいな」


 自らその姿をさらした魔王軍の幹部。

 しかも各国の裏で暗躍し、魔王軍の謀略の全てを差配しているという策謀家、『わだちの刃輪』が自分であると名乗った。


 ナオには彼がその刃輪本人であると断じる事はできない。


 だがしかし。


 隙の無い出で立ちが。

 この世界の存在ものとは違う異質な気配が。

 黄土色の瞳の奥に潜む冷たい虚無が。

 

 目の前の青年が、ただのかたりではない事を物語っている。


「この国が、今のあなたの遊戯場というわけ?」

「ええそうです。気を付けないといけませんよ。前線で私達魔族との殺し合いばかりに気を取られていたら、この国、落ちてしまいますよ。いつだって、どんなに強い国だって」


 フフフフ。


「味方同士で争ってたら、隙だらけになっちゃいます。普段は耳を傾けないささやきにも、自分は大丈夫と思いながら、ああ、愚かにも聞き入ってしまう程にね」

「なるほど。それがあなたの手口」


「これだけという訳ではありませんが。でも一番成功率が高いのは、人の不和の種を育てる事ですね~」


 ナオは左足と左手を前に、柄の先は地面を向け、冥水晶の峰は地面から僅かに浮かす。


 刃輪は構えず、ただ右手に一本の木剣を握るだけ。


「ナオ!!」


 堪らず叫んだロバートの声で。


 最初の踏込みの次、地を這うように疾風の速度で翔け、体ごと回転させた冥水晶の戦鎌ハデスの一撃を。

 刃輪の木剣が受け止めた。


「っ」

「これはっ」


 ナオはすぐに鎌の刃を寝かせ、力を逃がすように回転し、静かな着地を決めた。


「なるほど。そういう事ですか。ああ、実に人間らしい」


 木剣は切断できず、冥水晶の戦鎌ハデスを上段に構えたナオに刃輪は告げる。


「ここは逃げておきます。それと、あなたを殺すのは、私達ではない方が良いでしょう」

「逃がすか!」


 ナオの影から伸びた三本の黒手が刃輪を捕える。

 動けない刃輪にナオは冥水晶の戦鎌ハデスを振り下ろした。


「フフフフ。またいずれお会いしましょう」


 刃輪の姿が消える。

 ナオの足元には、切断された木の人形が転がっていた。


* * *


~ 白炎獣の迷宮 地下10階 ~


 ジニックの大剣の一撃が、群がるゴーレム達を薙ぎ払った。


「弱い」


 ブーツの底で踏み付けたゴーレムの残骸が砕け散る。


「『不帰かえらずの迷宮』って言い伝えがあるのに雑魚が弱すぎる。この程度、D級のガキ三十人突っ込ませればお釣りが来る」

「それなりだったのは一階の奥にいた、クリスタル製のドラゴン擬きだけでしたね。それでも私一人で十分対処できましたが」


 アルバートは使わなかった剣を腰の鞘に納めた。


「ここ百年間は完全に閉ざされていたはずです。それ以前に調査が二回、王の命令で冒険者が五回程入っていますが、いずれも帰っては来なかったようですね」


「俺様もここを狙ってたが、思った以上に資料が無かった。今回ギルド長が見せやがった資料自体、代々ギルド長だけに引継されてきたもんだって話だったからな」


 それも虫食いだらけで、詳細はわからず終いだったとジニックが愚痴ぐちる。


「私も個人で調べましたがお手上げでした。いつも使っている情報屋も、民間伝承以外何も掴めなかったと言ってきましたよ。こんな事は初めてです」


「……神殿が絡んでやがるか?」

「ええ、恐らく。ここまでの情報統制を行えるとしたら、後は神殿関係しか考えられません」


「チッ。神官の一人でも締め上げとけばよかったぜ」

「無駄ですよ。本当に内情を知っているとしたら高位の神官、それも聖地に所縁ゆかりのある者だけでしょう」

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