第7話 依頼 三

「伝説の大魔法使い【白炎獣】が封印された迷宮ですか。流石に緊張しますね」


 私部隊パーティー『光剣同盟』の盟主、『銀の瞬閃剣』と称えられる剣士【アルバート・フィック】。


「はっ、てめえはそんな玉じゃねえだろ。ま、びびってんなら結構だ。お宝は俺様達が頂いてくぜ」


 私部隊パーティー『黒狼党』の党首、大剣を背負った黒髪赤目の男【ジニック・ジュノーク】。


 この王国でも指折りの私部隊パーティーを率いる実力者達。


「さ―てと。お宝お宝」

「全く。慎めとは言わないが、せめて先人に敬意を払うぐらいはしたらどうですか」


「何言ってやがる。冒険者はお宝を手に入れてなんぼだろうが。なあお前ら!」

「「おお!!」」


 黒狼党のメンバーの怒号に洞窟が揺れた。


「……品性が盗賊と大差ないですね」

「うわ、めっちゃカリカリしてやがる。ったく聞いてるぜ。伯爵の娘との縁談。失敗するわけにはいかねえもんなあ、このい・ら・い♪」


「……」

「くっくっく、これでロバートを出し抜けるってか? まあ分け前が増えるから俺様はいいがね」


 解放された封印、目覚めた迷宮の中へと。


 ジニックと黒狼党のメンバーは躊躇わずに奥へと進んで行った。


「獣人風情が……。皆さん行きますよ」

「「はっ!!」」


 アルバートと光剣同盟のメンバーも、迷宮の中へと歩を進める。


 彼らの姿が見えなくなった後、職員の男はまた、静かに頭を下げた。


「御武運を」


* * *


 ホリフューン王国の北部を通る街道の外れ、枯葉の落ちる道を進み、苔を生やした石橋を渡った先に、廃墟となった村があった。

 かつては林業を生業する人々が定住し、採れた木材を川を使って下流へと運んでいたのだが……。


 魔王戦争の前に起きた国家間の戦争で、領主が男達を徴兵し、女でも魔法の才覚のある者は連れて行ってしまった。

 残された者達では生活が立ち行かなくなり、遂には離散し果て、今では無人の廃屋が並ぶのみとなっていた。


「ったく、景気が悪いったらねえな」

「仕方ねえよ。魔王が復活したんだぜ。街道の通りも少なくなるさ」


 薄汚れた軽鎧をまとい、槍を持ち村の中を歩く男達。


 その進む先の角から馬車が現れる。

 装飾のたぐいの無いほろ付きの荷台は、しかし荒れた道をしっかりと走って来る。

 

「よう、大物じゃねえか」


 男が声を掛けると馬車が滑らかに、停まった。

 

「見回りご苦労さん。馬鹿な商人がいてくれてな。久々の大当たりだぜ」

「へえ」


 中を覗き込む。

 丁寧に梱包された品々と手枷足枷猿轡てかせあしかせせるぐつわを掛けられた男と女達。


「これは?」

「商人さんとその娘ちゃん。あとは護衛の冒険者どもだな。玩具おもちゃ奴隷しょうひんだ」

「へ~え、ん?」


 影に潜むように、闇を纏うように、その男はいた。


「お、お頭」

「ああ、そうだ」


 盗賊団『忘れられた墓標』の頭領、ハイエナの【イゼーア】がそこにいた。


* * *

 

「お、お疲れ様です」

「ああ」


 イゼーアの太い指が本のページをめくる。

 視線は文字を追い、それ以外を無関心に、またページをめくる。


「ん? んぅううう!!」


 女の一人が目覚めて暴れ始める。


「あ、おい暴れるな!」


 御者の男が抑えようとするより早く、イゼーアの蹴りが女を打った。

 ほろを突き破り、激突した廃屋が崩れ去る。

 

「も、もったいねえ」

「何だ?」

「い、いえ。はは、ははは」


 パタンと、本が閉じられた。

 立ち上がったイゼーアが、荷台の上から降りる。


「お、お頭……」

「客だ」


 目の前に掲げたイゼーアの右手が三本の矢を握っていた。


「ふん」


 投げ返した矢が突き刺さり、三つの人影が廃屋の屋根の上から落ちて行った。


「騎士どもか」


 木の陰から、建物の陰から姿を見せた十人の男女の集団。


「ハイエナのイゼーアだな?」

「ああそうだ。」


「我が名はホリフューン王国騎士【スマーティン・イートン】。王国を荒らす野良犬よ、貴様の命運もここまでだ」

「そうか。しかし随分出て来るのが遅かったな。護衛の男どもは皆死んで、女達はボロボロになったぞ? ん?」


 イゼーア達を囲むように、剣を構え、魔法杖に魔力の洸を灯す騎士達。


「哀れな臣民をおとりに、自分達は功績を上げるか。いやはや、見事なものだ」

「大義の為の必要な犠牲だ」


「そうかそうか。ご立派な考えだよ、第一王女様はよ」

「っ、盗賊風情が!」


 突き出されたスマーティンの剣の先は、しかしイゼーアの右手に握られていた。


「馬鹿なっ」

「馬鹿だよな。実力差って解からない?」


 イゼーアの左手の手刀が振り下ろされた。

 スマーティンの右腕が切断され、宙を舞った。


「ぐぎゃあ!?」

「おいおい。戦場を知らない童貞かよ」


 撃ち込んだ右拳に耐えられず、水風船のように爆ぜたスマーティンの頭に嘆息する。


「「た、隊長!!」」


「さてと」


 イゼーアは背負っていた大剣を抜いた。


「取り合えず、魔剣こいつえさ与えとくか。おいお前ら、手を出すなよ」

「「は、はい!!」」


 襲い掛かって来た騎士三人を一振りで斬り捨てて。

 踏込み、駆け抜けたイゼーアの斬撃を避けられた者はおらず。

 事切れて倒れる騎士達の中で、女達だけは辛うじて生かされていた。


 剣を砕かれ、魔法杖を折られ、足を潰されて絶望の涙を流しながら。


「はぁ、白けるな。まだ生きてるんだからよ、抗って見せろよ」


―― 俺達はそうしたぞ。


「おいお前ら」

「「は、はい!!」」


「こいつらは好きにしろ。ただし、最後は念入りにぶっ壊しておけ」

「「わ、わかりました」」


 女を抱くとは思えない恐怖に青褪あおざめた表情で、盗賊の男達は女達へと覆い被さっていった。

 

 パチパチパチと、場違いな拍手が響く。


「流石は先の戦争で名高きハイエナのイゼーア殿。スティナ王女殿下の精鋭をこうもあっさりと返り討ちにされるとは。お見事です」

「何の用だ?」


「少しお願いがございまして。『首狩り人形』、ホルバン帝国の紋章勇者【ラルフ】のお連れさんです。彼女を狩って欲しいんですよ」

「へぇ、貴族どもの犬のねぇ」


 神殿が聖選する勇者とは別の、国家が選定する勇者の名を与えられた存在、通称『紋章勇者』。

 王族や貴族の子弟の名誉の為に与えられるものであり、口さがない者達は『メッキ』と呼ぶ。


「勇者ラルフは本物ですよ。の伝説の魔剣【赫昏の王ワールドエンド】を持ち、魔王軍の名だたる将兵を何度も打ち破っています。ホルバン帝国が手放さないだけで、神殿からは実績を認められており、聖選の勇者と遜色ありません。そしてそれは『首狩り人形』も同じです」

「なるほど。強いのか?」


「それはもう。困ってるんですよ、助けて頂けないでしょうか?」


 ……。


「わかった。そうだな、丁度退屈だったんだよ」


 暇潰ひまつぶしに、貴族の犬のつがいを壊してみるのもいいだろう。


* * *


―― 『峠を荒らす盗賊団の討伐』

*規模は三十人以上。

*五、六人の魔法使いがいると確認済み。

*頭と考えられる男の戦闘能力は大剣位級と考えられる。


「なるほど」


 馬車に揺られながら依頼書を読み終えたナオは、それを隣の斥候、モルダンへ返した。


「普通は領主軍か十以上の私部隊パーティーで連携して当たる依頼だよね。いくら『嵐の誓い』がA級私部隊パーティーとはいえ、単独かつ断れない特別指名で入るなんて」


 生還の望みは薄い、事実上の決死隊。

 素行不良のC級私部隊パーティーへの罰則でも、これよりは温情を感じるものである。


「もしかして『嵐の誓い』って、ギルドとかなり仲悪いの?」

「いんや、それなりだぜ?」


 いつも飄々としたモルダンには珍しい、奥歯に物が挟まったような言葉。


「ギルド長のハミル女史は、むしろロバートを気に掛けていたはずです。幾らA級冒険者とはいえ、高位貴族絡みの仲裁をギルド長自ら買って出るのは普通じゃありませんから」

「そうよね~。ホント、あの事件の時はすっごく大変だったわ」


 後を続けた魔法使いチェルシーと埜衛士レンジャーネリーナは、しかしナオではなく、御者台に座るロバートへと湿度の高い視線を向けた。

 

 本来の快活な剣士の姿から草臥くたびれた行商人へと変装し、肩を落として手綱を握るロバートの背中があった。


「……すまない」


 ぽつりと零した謝罪にも覇気がない。


「「……」」


(ほらチェルシー、出番よ)


 ネリーネが声を潜めて、チェルシーに耳打ちするのが見えた。


(何がですか?)

(あんたのちっこい背とは別の、凶悪におっきくて形の良いおっぱいが威力を発揮する時が来た――って言ってんの!)


(……セクハラですよ、エロフさん)

(ばっか!! 今がロバートを誑し込むチャンスでしょうが! 奥手眼鏡のあんたと違って、ロバートはめっちゃモテるんだからね!! 間抜けよろしくいきなり飛んで来た猛禽類に掻っ攫われてもいいの!?)


 ネリーネがナオを見た。

 つられてチェルシーもナオを向いた。


 ナオはにっこりと微笑ほほえんで、首を横に振った。


(ぶっちゃけ危なかったのよチェルシー!! ナオが既婚者で経験者で大人の余裕を持ってたから良かったのよ!? 世を儚んだ絶世の美少女が河へ飛び込もうとして、イケメンに助けられて恋に落ちるなんて、超鉄板なんだから!)

(あの、私まだ結婚してないんですけど)


(だったら余計に危ないわ!!)


 ネリーナの血走った目に引きながら、しかしチェルシーは彼女の言葉に頷きを返している。


(わ、私はどうしたら、いいのでしょうか?)

(決まってるわ! おっぱいよ!!)


 チェルシーが自分の胸を触り、ネリーナは強く頷いてゴーサインを出した。


* * *


「可愛いなぁ」


 ナオはほっこりとしながら、もじもじとロバートへ歩み寄り、頬を染めながら話し掛けるチェルシーを見守る。


 三つ編みにした緑色の髪と大きな眼鏡、黒一色の魔法使い用のマントを羽織って飾り気の無い彼女だが、その素顔は妖精のように可愛く、小柄ながらもメリハリのある体つきをしている。


 そして『おっぱいで押す』というネリーナの言葉で動いたものの、今は必死にロバートを気遣い、不器用ながらも励ましの言葉を掛けている。


「ほいよ」

「ありがと」


 モルダンに渡されたクッキーをかじる。


「ねえ、モルダンは何で冒険者になったの?」

「そうだな……」

「それは私に惚れたからよ!」


 モルダンがネリーナにデコピンして、クッキーを頬張って噛み砕いた。


「俺は農家の生まれたが、ゴーレムが好きでな。将来は錬金術師になりたかったんだ」


 しかし母親はモルダンを騎士にさせようとした。

 家の仕事以外は騎士登用試験のために剣術を学ぶ事を強制し、休日には郊外の元騎士に学びに行かせるような事もさせた。


―― 自分にとって無意味なものをさせられるのは、言葉にできない苦行だった。

 

「「違う! そうじゃない! 真面目にやってるのか!!」」


 この言葉は耳にタコができる程聞いた。

 ついでに貴族の子弟には決して傷を負わせないようにとも言われた。


 この『剣術』にモルダンは意味を見出す事ができなかった。

 この『剣術』が語るものをモルダンは心の底から軽蔑した。


 そして身を入れる事が出来ず、結局騎士の試験に落ちた。


 モルダンへ吐き捨てるように「出ていけ」と父親は言い、母親は何も言わなかったそうだ。


 家を追い出されて彷徨さまよって。

 ある事件に巻き込まれて冤罪を掛けられて。

 自暴自棄になって、殺そうとした冒険者に救われて。


―― 冒険者になって、今はそいつと旅をしている。


「ロバートに言われたぜ。紛い物の夢は何も照らさない。生きる道を示すのは、いつだって自分の中にある本当の夢だけだ、ってな」


 モルダンが少しだけ瞼を閉じた。


「幸い冒険者稼業の中で、錬金術を学ぶ方法を知る事ができた。今はこつこつと勉強してるが、魔王戦争が終われば、聖地の大学に入るつもりだ」

「その時は私が支えてあげるんだ。よかったね、良い奥さんを掴まえられて!」

「そうだな。まったくだ」


 抱き付いたネリーネの頭を、モルダンが優しく撫でる。

 それが結末だった。


「ありがとう。話してくれて」

「おう」


 前を向くと、チェルシーとロバートは、肩を並べて御者台に座っているのが見えた。


 その光景を羨ましいとナオは思った。


(私の本当に望むものは)


 ドゴォン!!


 重低音が噴き上がり、土埃つちぼこりが舞う。

 馬車の進む先を、その後ろを、連なる岩の柱が塞いでいた。


「お―い、そこの馬車止まれ~」


 野太いやる気の無い声を響かせて。

 その黒目を酷薄に濁らせて。


 馬車の進路を塞ぐ、大剣を担いだ大男が見えた。


「歓迎するぜ。最近は魔王軍のせいで稼ぎが少なくてイラついていた所だったんでな」


 ナオは馬車から飛下りて、大男と、その背後に控える男達へ向けて、氷鎌ひょうれんを構えた。

 モルダンとネリーナも自分の得物を構え戦闘態勢を取っている。


 チェルシーの魔力が高まり、ロバートの魔剣【ムスペル】がその剣身に炎を灯した。


「おお! エルフにロリに人間と上玉揃いじゃねえか」


 大男の抜いた大剣から黒い魔力が噴き上がる。


「今日は【ハイーナ】もご機嫌だ! この【イゼーア】様が殺して奪って犯し尽くしてグチャグチャにしてやるぜ!!」



* * *

* * *


*イゼーア:魔力量3050

・魔剣【ハイーナ】→千年級の業物。

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