第2話 一人の旅路

 私が勇者ラルフと出会い、村を出てから二年が経ちました。


 村の外は時に美しく、時に非情で過酷な世界を私に教えてくれました。


 私はラルフと共にある為に、強くなろうと、必死に努力を積み重ねました。


 ラルフが私の全てでした。


 そしてあの日、私とラルフは魔剣【赫昏の王ワールドエンド】を完全とするために、最悪と名高い魔境、『竜嵐山脈浮遊島』へと挑みました。


 ……。


 そのすぐ後でした。


 ……。


 ラルフが、『彼女達』を連れて来たのは……。


* * *


「ラルフ!!」


 ナオが病室で目覚めると誰もいなかった。

 宿にナオの仲間達の姿はなく、気配を頼りに探し回り、やっと見付けたラルフ達は、門から町の外へと出る所であった。


 まるで、ナオだけを置き去りにするように。


「ナオか」


 立ち止まり、振り返った紅の瞳がナオを見る。

 

「やっと、目を覚ましたんだな」

「う、うん」


 平坦な、今まで聞いた事の無い吐き捨てるようなラルフの声に、ナオは動く事ができなくなった。

 

「も、もう大丈夫だよ。すぐに準備するから、ちょっと待ってて」

らない」


「え?」

「聞こえなかったか? らないって言ったんだ。あんな魔族程度に大怪我おおけがを負うような、弱い奴は要らないってな」


 ナオの耳には確かに、その冷たい言葉が届いた。

 けれども、意味はからなかった。

 かる事が、恐ろしかった。


「ねえ、わからない?」


 亜麻色の髪をツーテールにした、ナオより少し年上の少女が前に出る。


「あなたは用済みだって言ってるの。でも心配は無用よ。ここから先の旅は私達がラルフを支えるから」

「クレア、何で……」


 クレアの魔構銃まこうじゅうの銃口が、ナオへと向けられた。


「はぁ、聞き分けなさいナオ。でないと、殺すわよ」

五月蠅うるさい!」


 ナオは両手で氷の戦鎌いくさがまを生み出し、クレアへと振り下ろした。


「無駄よ」


 戦鎌いくさがまの刃は空を斬り、クレアの足払いでナオは地面に打ち付けられる。


「眠りの力よ!」

「遅い」


 魔構銃まこうじゅうの銃口から陽炎かげろうが立ち昇る。


「あ……」


 魔法は形となる前に撃ち砕かれてしまった。


「理解できた? あなたには、もう、無理なのよ」


 地面に倒れ伏すナオと、それを見下ろすクレアの間に、女騎士が割って入って来た。

 

「もういいだろ。流石さすがにぶい頭でもわかっただろうさ」


 ナオを嘲笑ちょうしょうし、告げる。


端女はしためがいつまでもでしゃばるなという事だ」


 女神官が祈る様に言った。


「あなたの献身は偉大でした。けれどもこれからは、私達が勇者様をお助け致します」


 王女クレアはナオを見ず、魔構銃まこうじゅうを腰のホルスターに納め、淡々と告げた。

 

「冒険者ギルドの口座にこれまでの働きに対しての報酬を振り込んどいたから。ご苦労だったわね」


 ナオは唇を唇をみ締めながら、もう一度ラルフを見る。

 だが紅の瞳はナオを見る事は無く、きびすを返して歩き出した。

 

「行くぞ」


「ええ」


かしこまりました」


「……」


 勇者の後を、彼女達が付いて行く。


「ラルフ!!」

「っ」


 勇者は、足を止める事はなかった。


 立ち尽くすナオを、誰も振り返る事はなかった。


 ……。


 ……


 ……。


 山の森を貫く街道に小雨こさめが降り続ける。

 伸びた枝葉が陰を落とし、初夏の夕方なのに道の上は薄暗い。

 湿った空気に、ぬかるんだ地面。

 馬車の車輪が泥に取られて、隊商は立ち往生してしまった。


 馬車の中で荷物に体を預けて、眠れずに目を閉じていたナオは、血の臭いを感じて、重く感じる体を立ち上がらせた。


「まったく。絶望してもいられない」


 幽鬼のようにふらりとほろの外に顔を出すと、森の雨の清涼な匂いがナオの鼻を突いた。

 緊迫した気配を放つ隊商の人間と護衛の人間、それを囲む山賊達の姿が見える。

 薄汚れた革鎧や鎖帷子くさりかたびらに対して、その手に握る剣や槍の刃の光沢は澄んでいた。

 

「大人しくしていれば優しくしてやったのによ。大切な仲間を殺してくれちゃいやがって」


 髭面ひげづらの大男がわらう。

 配下の山賊達も笑う。


 彼らの足元に転がる人影はぴくりとも動かない。


「取り敢えず女以外は皆殺しだなあ!」


 その光景を見て、取り合えずナオは馬車の外に降りた。


「おいおい、何つ――上玉だよ」


 大男が舌舐したなめずりし、前へと足を踏み出す。


「やめろ!」


 ナオをかばおうと動いた剣士へ、山賊の魔法使いが放った火球が襲う。


「この!」


 剣士の持つ剣が赤い魔力洸まりょくこうを放ち、火球を両断した。


「ほう、ナスバの魔法を斬るとは随分と良い魔剣だな」


 散り消える火の粉の光に、剣を突き出す剣士の姿が、固唾かたずを呑み見守る隊商の人々の姿が、山賊達の姿が照らし出される。

 そして、大男の戦斧が赤い魔力洸ごと、剣士の魔剣を粉砕した光景も。


「ばかな」

「ハッハッハ、ハ―――――ハッハッハッハ!!」


「眠りの力よ 掴み取れ」


―― ハ。


 一瞬の間でナオの魔法が発動し、効果を終えた。

 意識を失った山賊達が崩れ落ちる。


「て、てめえ、このクソアマ! 魔法使いか!」

「はぁ、やっぱり私は弱いか。こんなの一人、倒せない。だからラルフは彼女達の方を」

「くちゃくちゃとうるせえ! 芋虫にして喉を潰してから! オモチャにしてやるぜ!」


 剣士には大男の姿が消えたように見えた。


「ハアッ!!」


 大男の戦斧の刃が空気を切り裂いてナオに迫る。

 常人には、否、一線級の戦士にすら捉える事が困難な高速の斬撃を。


冥水晶の戦鎌ハデス


―― 風が交差した。


 とん、とナオのブーツの靴底が地面に触れた。くるくると戦鎌いくさがまを回して振り返る。


 ナオに背を向けた大男があった。

 それは戦斧を振り下ろした姿のまま、微動だにしない。


 それを確かめて、ナオは冥水晶の戦鎌ハデス虚空こくうへと消した。


「お、おい君」


 事態が認識できず、呆然とする隊商の面々を置いて、剣士の青年がナオに声を掛けた。


「大丈夫。もう斬ったから」


 その言葉と同時に大男の体中に赤い線が現れて、それぞれがズレていき、バラバラとなって崩れ落ちていった。


 ナオは馬車へと右手を向ける。


「友たる水よ 起きなさい」


 地面から水蒸気が立ち昇り、ぬかるみが消えた。


「君は、何というか、とてつもないな」


 ナオは青年を見て、しかし何も応える事無く、馬車の中へと戻って行った。






* * *

* * *


【ナオ】:魔力量850

 

 村人の少女。神器【冥水晶の戦鎌ハデス】の使い手。

 帰郷の旅の途上。


【剣士の青年】:魔力量1150

 

 冒険者の青年。馴染の隊商から臨時の護衛依頼を受けた。私部隊パーティーの仲間は別件で外せなかった為、彼一人の参加となった。


【他の護衛達】魔力量700~850


【隊商の商人達】魔力量:500~550


【大男】魔力量:1900


 山賊の親分。

 近隣では最高額の賞金首。十人の騎士を纏めて殺した事があり、『騎士殺し』と恐れられていた。


【ナスバ】魔力量:1450


 元は国王麾下の騎士団の魔法使いだったが、追放されて山賊となった。腕前は一流だが性根は下劣。


【山賊達】魔力量:650~900

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