ひとりだけの夏祭り
「りょうちゃん早く早くっ! 金魚掬いしなきゃー!」
はしゃいだ声で咲子は賑やかに騒ぐ人ごみの中へ向かって駆け出した。
「ちょっと待ってよ、サキー!!」
りょうが慌ててあとを追いかける。
毎年青葉小学校で行われる夏祭りは、友達といつもと違った形で会える特別な催し物のひとつである。今年も多くの子供たちと保護者で、学校のグラウンドは埋め尽くされていた。
「あっ! 深水と相川くんだっ!!」
人ごみの中から仁栄たちを見つけたりょうは大きく手を振った。
「あっ! 石川と佐々木だっ!!」
仁栄たちもりょうたちに気が付いて駆け出して来る。
「ちょっとー私の名前呼び捨てにしないでくれますー? 私はあなたの彼女でも奥さんでもありませんー!!」
「なっ! おまえだってオレのこと、いつも呼び捨てにしてんじゃねーか!」
「私はパブリックではちゃんと深水くんって呼んでますー!」
「パブリーズってなんだぁ? なあ、それって洗剤だろ?」
隣にいた二瑠は、仁栄に同意を求められ苦笑いの表情を浮かべた。
「まあまあ、ふたりとも……あっ! 学級委員長の岡本くんだー!! 四年一組代表でグラさんの『オレたちの旅』を歌うらしいよ」
スピーカーから大音量で流れて来たイントロに乗って、聞き覚えのある低い声が聞こえてきた。
「あっ、オレこの曲に投票したんだ!」
「ねえねえ、もっと近くで委員長の活躍を見ようよ!」
「うん! 見よう見よう!」
「ちょっと待ってよ、サキー!!」
元気に駆けていく少年たちを、ぼんやりと淳は遠くから眺めていた。
太鼓の音と人々の賑わう声が混じり合い、巨大な雑音ではあるが何だか心躍らせるような気持ちにさせてくれる。
淳は小学校の夏祭りが大好きだった。そして嫌いな人はいないとさえ思った。彼は入院している明仁や、京一はもちろん周にも声をかけることなく、ひとりで最後の夏祭りへやって来ていた。
人ごみから少し離れたところへと移る。ジャングルジムの辺りに人影はない。
誰もいないブランコにひとり腰を下ろすと、淳は首を夜空の方へ傾ける。僅かな星屑たちと半月が見えた。ゆっくりと地面を蹴ってブランコを漕ぎ始める。
低学年の頃はブランコが大好きだったのに、高学年になってからは全く遊んでいなかったことに気付く。つまり淳がこの学校のブランコを使うのは初めてだった。
早くもなく遅くもないブランコに揺られながら、淳は思い出せる限りの想い出を回想した。
転校する前のこと、転校してからのこと、明仁に周、春彦、京一のこと、クラスの皆、飯田先生……次第に目頭が熱くなってきて、星屑も想い出も何にも見えなくなっていく。
足を地面につけると、ジャラジャラと音を立てながらブランコは止まった。淳はブランコから降りると、家へと続く暗い道を歩き出した。
途中涙を拭ってふと見上げた夜空には、星屑たちも半月も雲に隠れて見えなくなっていた。ただ真っ黒な闇が、淳の頭上に大きく広がっていた。その闇の中へ吸い込まれるように、彼はひとり消えていった。
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