フードの少年
フードを被ったその少年は全速力で走っていた。足元がしっかりとせず、何度も絡まって転びそうになる。それでもなんとか車の通れない細い路地を狙って走り続けた。
何処をどれくらい走っただろうか。目の前にセントラルパークの東側の入り口が見えて来た。
フードの少年は園内が車両進入禁止であることを思い出すと、ベンチを見つけて倒れ込んだ。動悸が止まらず、呼吸もなかなか揃わない。そしてパニックが襲って来た。
フードの少年は、なぜ自分が追いかけられていたのか訳が分からなかった。
りょうが仁栄の病室にいたとき、父親から「急な仕事が入って迎えに行くことが出来そうにないため、ひとりでバスで帰って来られるか」と連絡が入った。
家から病院へのバスの乗り方を完全に覚えていたため、父親には「大丈夫だ」と伝えると、りょうはひとりバス停へと向かった。
バス停へ向かう途中、大学生くらいの若い男がりょうに近づいて来た。男はニヤニヤしながら「スカウト」とか「アイドル」とか、何度も早口でりょうに言っていたが、仁栄のことで頭がいっぱいの彼女には、殆ど何を言っているのか理解できなかった。
彼女はしばらく無視して歩いていたが、男はしつこくついてきた。男の鼻息が段々と荒くなり、目が血走ってきていることに恐怖を覚えたりょうは咄嗟に走り出した。
途中で目的のバス停留所を通り過ぎてしまったが、彼女は気にせず走り続けた。
しばらく走った後、勇気を出して後ろを振り返ったときには、男の姿は消えていた。安心したりょうは、暫くその場で立ち止まって肩で息をした。辺りを見渡すと、そこは駅前の商店街入り口だった。
りょうが通り過ぎた目的のバスの停留所まで歩いて戻ろうかどうか考えてると、数十メートル先に、さっきの男が白いワゴン車に乗り込んでいるのが見えた。りょうは怖くなって、フードを被ると再び走り出した。
パーク内は完全なる静寂に包まれていた。フードの少年がなんとか呼吸を整えて、身体を起こして落ち着こうとしたそのとき、来た道とは逆の方向から誰かの話し声が聞こえて来た。
話し声の主は二人の少年たちだった。ひとりは坊主頭で、もうひとりは赤い野球帽を被っている。
「……でよ、超ムカつくんだよ、そいつ……あ?」
「ん?」
話し声は、ベンチに座って俯いているフードの少年の前でピタリと止まった。
「おまえ何処の学校だ? 青葉か?」
坊主頭の少年がフードの少年を刺すような眼差しを向ける。フードの少年は下を向いたままだ。
「当たりめぇーじゃん。ここ青葉の学区なんだから。ってか何やってんの? こんな時間に」
もうひとりの赤い野球帽を被った少年が、半ば呆れた様子で坊主頭の少年に突っ込んだあと、フードの少年に続けた。
「……」
フードの少年は俯いたまま返事をしない。その身体が少し震えている。
「青葉のやつらは、どうしてこうムカつくやつらばっかなんだろうな? いつもシカト決め込んでよ」
坊主頭は薄ら笑いを浮かべている。
「ホント、ホント。あの犬かばって死んじゃったやつとかさ。洋ちゃん覚えてる? あいつ最高だったよね?」
「はははっ。覚えてる、覚えてる! あれは傑作だったな!!」
ふたりは顔を合わせて大笑いしている。ひんやりとした夜風が吹く中、ふたりの乾いた笑い声だけが響いた。
突如、フードの少年がまるで何かに弾かれたように立ち上がった。そして突然坊主頭に飛びかかった。
「うわぁっ!」
坊主頭は不意を突かれて後ろに倒れて尻餅をついた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
フードの少年は甲高い声で叫びながら坊主頭の上に馬乗りになって殴りかかった。
「な、なんだこいつ!!」
一瞬何が起こったのか分からず呆然としていた赤い野球帽だったが、坊主頭の顔面に何発もの拳が着陸しているのを見て一気に我に帰り、担いでいたバットとバッグをその場に放り投げると、フードの少年に後ろから組み付いた。
「はなれろよぉー!」
赤い野球帽がフードの少年を掴んだまま後ろに倒れ込んだ時、フードの少年の涙でぐしゃぐしゃになった顔が外灯に照らされ露になった。
「だ、誰だこいつ? 洋ちゃん知ってるやつか?」
「……ってぇな……あん?」
顔の血を拭いながら洋介が、じっくりと少年を見遣る。
「た、拓哉……こ、こいつ……女だ!!」
「ちくしょうぉーー!! あんたらのせいで深水はーー!! はなせよぉーー!!」
赤い野球帽に後ろから抑えられた状態のまま、りょうは半狂乱に手足をばたつかせて叫んだ。
「何言ってるんだこの女? まあいいや。くそアマが、ブチ殺してやらぁ……」
洋介は血走しった眼でりょうを睨みるつけると、アスファルトに血の混じった唾を吐いた。そして、拓哉に押さえ込まれているりょうの顔面を狙って拳を振り下ろそうとしたその瞬間。
「や、やめろぉぉぉーーー!!!!」
叫び声が夜のセントラルパークに響いた。
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