淳と京一

 青く澄み渡った大空は、何処までも突き抜けるような気持ちのいい青さをしていた。ゴールデンウィークを一週間前に控えたある日の昼休み、淳と京一は屋上にいた。


 ふたりはフェンスに背をもたれて、青空に漂う入道雲をぼんやりと眺めていた。


「淳、来週の連休どっか行くのか?」


 京一は美味そうにタバコを吸い込み、煙を吐き出す。


「ゲホッ、ゲホッ、いや、うちは両親が共働きで仕事があるから、どこも連れてってくれないと思うけど……そっちは?」


 涙目になりながら、淳はゲホゲホと煙を吐き出す。


「うちも同じようなもんだな……」


 淳の様子を京一は横目でニヤニヤしながら見ている。


「そうなんだ……」


「周太郎でも誘って、チャリンコでどっか遠くにでも行ってみますかね?」


 周を降したあの日から、京一は時々周を太郎付けで呼んでいた。


「うん! いいねー! でもだったら他にも誰か誘おうよ!」


「そうだな、じゃあ……うちのクラスの村上明仁、周太郎といつも一緒にいるやつ」


「明仁? いいよ。でも京一話したことあるの?」


「ねーよ。でもおまえはあるだろ?」


「え? うん……」


 淳は正直驚いていた。しかし、京一は相変わらずニヤニヤしている。


「どーした?」


「いや、京一は絶対明仁とは遊ばないと思ってたから……」


「……オレが遊ぶんだ……やつは遊ばれるだけ……」


 京一は視線を淳から外し、遠くの方を見ながらぼそっと呟いた。


「え?」


「何でもねー」


 短くなったタバコを指で弾き飛ばす。吸殻は淳のキラキラした瞳に見守られながら、綺麗な弧を描いて見事に排水溝の中へと落ちていく。


 この頃になると、淳は完全に京一に魅せられていた。


「うん、でもそれいいかもね。明仁はすごいいいやつだし、何よりも京一と仲良くしたいって言ってから」


「何で?」


 京一は眉毛を少し吊り上げた。


「確か『巌窟王』の作者のアレキサンダーなんとかのことが好きだからだとか……」


「アレクサンドロ・デュマだろ?」


「あ! それそれ!」


「ふーん。そいつはおもしれーな」


「じゃあ、僕今から明仁と周にこのこと言って来る!」


 そう言い終えるが早いか、淳は素早く駆け出した、まだ煙を吐き出しているタバコをその場に残したまま。


 それを器用に指先で摘み上げながら、京一はひとり心の中で笑っていた。そして、それはいつもの如く、声に出されていた。


「……金持ちのぼんぼんで、お人よしの明仁くんですか……うひゃひゃひゃっ!!」


 突き抜ける青さを持った大空は、今にも京一を飲み込もうとしているようだった。


 その時の京一は、飲み込まれるより先に喰らってやろうと思った、ただ我武者羅に、全てが終わってしまうその時まで。

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