少年たちの夜
セントラルパークのベンチに寝転がって、星空をぼんやりと見つめるその少年は妙に落ち着いていた。
粉雪はいつの間にか止み、雪雲も何処かへ消えたため、頭上には万遍の星屑たちが広がっていた。
少年は眼鏡を外してみた。そうすることで、何となく星空を近くに感じられると思ったのだ。
辺りには誰もいなかった。その薄暗い外灯に照らされた静寂は、ベンチに寝転がる少年を優しく包み込んでくれた。
もうすぐ冬休みが来て、それが明ければ数ヶ月で卒業、京一は星空の下、逡巡を巡らせる。
ふと自分はまるで淳みたいだなと、彼は思った。そして明仁のことを思い出した。忘れていたわけではないので、思い出したというのは少し違うが、一瞬でも彼の頭の中からすっかり抜け落ちていたことは事実であった。
突然、静寂を破るように、ベンチの後ろの茂みからガザガザと音が聞こえてきた。
京一が身体を起こして茂みの方を向くと、一匹の猫が飛び出して来た。猫は京一の前で止まると、「ミャオ」と一声鳴いた。そして音もたてずに駆けて行った。
「……猫ちゃんですか」
そう呟いた直後、京一は背後に誰かの気配を感じて振り返った。
その少年は、白のボタンシャツの上にライトグリーンのパーカーを羽織りフードを深く被った格好で、まるで幽霊のように力なく腕をだらんと下げて立っていた。
「……何だ? 明仁? まだ生きてたのか?」
フードの少年が明仁だと決めつけた京一は、いつものように
「生きてたのか?」のところで、フードの少年の身体がブルッと震えた。しかし、表情はフードで隠れていてよく見えない。
「あ? ビビってんのか?」
「……はぁ、はぁ、はぁ……あ、あの……」
フードの少年はたった今走ってきたかのように、下を向いて肩で大きく息をしながら、何かを言おうとしていた。
京一は眼鏡をかけてベンチから立ち上がると、素早く手を伸ばしてフードを脱がせた。すると明仁ではない少年の顔が現れた。
「あれ? おめーは……『巌窟王』くんじゃないですか」
初めて会ったあの日、洋介に何か恨みがあることを見抜いていた京一は、二瑠のことをそう呼んだ。
「……あの……た、助けてください! と、友だちが……た、大変なんです! は、早く行かないと!」
巌窟王という言葉を二瑠は気に留めることなく、落ち着きのない様子で、途中何度もつまりながらしゃべった。
「あ?」
その時、京一の耳に別の声が入ってきた。
「おいっ!! 待てよ、明仁ぉー!!」
ベンチから数十メートル程離れた外灯の下、周が京一たちの方へ向かって走って来る。
「周……? 明仁……?」
そのとき、ベンチの後ろの茂みから人影が現れた。それは、少し大きめのグリーンのスタジャンを着た本物の明仁だった。
深く被ったグレーのニット帽から覗く彼の瞳は、まるで別人のように生気を失っている。そして、彼の震える右手にはナイフが握られていた。
「明仁……」
京一は身体を明仁の方へゆっくりと向ける。
「あ……あ、わ、わ、わ……」
二瑠は明仁の右手に握られているナイフと、彼の周りに漂っている狂気に思わず後ずさる。
明仁は二瑠には全く気付いていない様子で、京一まであと数歩というところで、何も発さずにただ黙って立っていた。
彼の泥のように濁った大きな瞳だけが、何かを訴えるように京一を捕えて離さないでいた。
「何黙ったまま突っ立ってんだよ? あ? 今日はちゃんと金持って来たのかよ、明仁くん?」
京一は故意に挑発した、明仁を苛めていた頃と全く同じ物言いで。そして、ゆっくりと彼の方へ歩み寄った。
「やめろぉぉぉぉー!!!」
数メートル先まで来ていた周が大声で叫んだ。
京一にもその叫び声は聴こえていた。ただ、それは既にもう過去のことだった。
「……周のやつも、おせっ……」
その後の言葉は続かなかった。
京一の視界で白と黒が何度か点滅すると、時間が一瞬止まった。次に動き出したときに彼が感じたもの、それは気が遠くなる程遅く、鈍く、そして、激しい痛みだった。
「……ぐあぁっ」
京一は脇腹の辺りを両手で押さえると、お辞儀するように身体を折り曲げた。そして、ゆっくりと地面に寝転がるように崩れていった。
遠くなる意識の中で、彼が最後に捕らえた映像は、ニット帽の下のグシャグシャに歪んだ明仁の顔だった。
しかし、歪んでいるのは彼自身の涙のせいなのか、明仁の涙のせいなのかは分からなかった。
そして、その歪んだ明仁の顔は、何故だろうか、淳の顔になっていた。
「……じゅ……ん……?」
意識に残していった最後の言葉が吐き出されると、京一は深い眠りに落ちた。
そして、夢を見た。
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