歯車の糸

 京一は粉雪の舞う中、ひとり街を歩いていた。


 洋介と一緒に部屋から追い出されたときに、森本に「一時間程したらひとりで戻って来い」と言われていたが、マンションに戻る気にも家に戻る気にもなれず、こうしてひとり街を歩いて時間を潰していた。


 彼は死ぬほど退屈していた。暇潰しに森本たちと一緒に行動を共にしていたが、彼にとっては結局、所詮暇つぶしは暇潰しでそれ以上にはならなかった。


 それでも、まだ京一があのマンションに出入りしていたのは、別の理由があった。


 あの日以来「巌窟王」は、アパートの前で会った明仁に似た少年は、現れることはなかった。


 臆病風に吹かれたのか、それとも綿密な計画を練っているのか、京一は想像しながら口元を歪める。


 京一は、少年の中に何か異常なものを感じていた。それは彼自身の持つ何かと、とてもよく似ていた。


 青い色のダウンジャケットの内ポケットから、ラッキーを取り出そうとして京一はその手を止めた。そして、最近青葉小の生徒が補導されていたことを京一は思い出した。


「うっかりするのも、退屈の効果ですね……」


 ひとりそう呟いたとき、数十メートル先からふたつの影が京一の方へ近づいて来るのが見えた。


 ふたつの影は京一の前で止まった。


「……京一」


「あっ! 京兄ちゃん!」


「よう、周にサキちゃん。久しぶり!」


 スーパーの袋を提げた周と、ニット帽を被った咲子だった。京一は笑顔でふたりに手を振る、何の屈託のない無邪気な笑顔で。




「……京一、何で学校来ないんだよ? 何やってんだよ?」


 先に咲子を家に帰した周は、京一とセントラルパーク付近を歩いていた。


「いろいろと忙しくってな。明仁は来てんのか?」


「いや、十月の初めの頃は来てたけど、すぐまた来なくなって……最近はあんまり……」


「登校拒否ですか?」


 京一はとぼけた調子で言った。


「なっ!! 当たり前だろ!! おまえの……」


「……オレのせいか? オレだけのせいか?」


 京一は言葉を被せる。


「い、いや、おまえだけのせいじゃないけど……」


「周、明仁がああなっちまったのは明仁が未熟で弱者だからだ、そして自分で自分を可哀相なやつだと哀れんでいるからだ」


「な、なんだと!?」


 周は突然京一の胸ぐらを掴んで引き寄せた……引き寄せたつもりだったが、京一の身体は動かず逆に周の身体が引っ張られた。それと同時に周の鳩尾辺りに重い衝撃が走った。


「がはっ!! げほっ! げほっ!」


 一瞬呼吸が止まった周は、京一の前に両膝をつく形で座り込んだ、まるであの日の明仁のように。


「痛めている方で蹴ってやったんだぜ、周くんよ。効いた振りはしなくていいよ。明仁じゃあるまい……」


「……な、なんだとぉー!!」


 片膝をつきながら立ち上がろうとする周に、京一の靴の裏が凄い速さで迫って来る。そして、眼前で止まった。


「うわぁぁっ!!」


「うひゃひゃひゃっっ!! 」


 周の眼前で寸止めした後ろ蹴りを引っ込めると、京一はしばらく背を向けた状態で立っていた。


「……分かってるよ……オレにも……」


「あ?」


 腹部の痛みと、後ろ蹴りを顔面に食らうと覚悟していたため、周は京一の言った言葉がよく聞こえなかった。


 彼はなんとか立ち上がると、もう一度聞く京一に聞いた。


「何だって?」


「何でもねーよ。じゃあな」


 京一は振り返ることなく、粉雪の舞う中セントラルパークの奥へと消えていった。


「……ちぇっ、またこのパターンかよ」


 ひとり取り残された周はその場にペタンと座り込み、粉雪の舞う空を見上げた。空に星屑たちはひとつも見えなかった。

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