二瑠と京一
図書館で川崎と会ってから、二瑠は毎日のように時間を見つけてはリストに載っているアパートを一件一件、歩いて回っていた。
セントラルパークの近くには、全部で二十二軒ものアパートがあることが、先日の図書館での調べで分かっていた。調べたといっても二瑠がひとりで調べたわけではなく、彼は図書館の司書に、来年大学生になる従兄弟が部屋を探していると嘘をついて、大学の近くにある部屋をリストにしてもらったのだった。
例の大学生の名前が分からないため、ポストの名前を調べることは出来ない二瑠は、ただ場当たり的にアパート周辺を散策して野々村洋介を偶然見つけることを期待していた。
彼は、大学生が小学生と一緒にいればすぐに分かるだろうと思っていたし、他にもこの大学生と一緒にいる小学生がいる可能性も考えていた。
この方法が最善の方法かどうかは分からなかったが、二瑠は何故か自信を持っていた。
二瑠は肩にかけているバッグをそっと撫でる。まるでそれが彼に力を与えてくれるかのように。
時計を見ると、既に午後四時を過ぎていた。
今日はもう諦めて帰ろうとした時、数メートル先に二瑠の方へゆっくりと歩いて来る少年が見えた。
背の高い眼鏡をかけたその少年を、二瑠は見え覚えがあった。必死に思い出そうとしてみるが、脳の何処かの引き出しに仕舞われた記憶は、中々見つけられない。
「あ? 何だおまえ? ここで何してるんだ?」
眼鏡の少年は二瑠のすぐ近くまで来ると、露骨に嫌悪感を顔に出して敵意をぶつけてきた。
「あ、いや、その……」
普段から他人の敵意に慣れていない二瑠は、あっという間に萎縮して下を向いてしまう。
「あ? おまえ確か……」
少年が二瑠に何かを言おうとした時、何処からか上の方から声が聞こえた。
「おい!! 京一か? 早く来いよー!」
声の主は、二瑠が張っていたアパートの隣に隣接するマンションのベランダに立っていた。
「ああ!」
少年は呼ぶ声のする方へ顔を向けると、面倒くさそうに返事をした。そして、再び二瑠の方へ向きなおした。
「おまえ、たしかこの前病院で会ったよな? 先生と一緒にいた……」
一瞬、少年の敵意が僅かに弱くなった気がした。二瑠は咄嗟に顔を上げる。
「え? あ、あっ! あの時の松葉杖の……」
そのとき、二瑠は完全に少年のことを思い出していた。彼は少し嬉しくなって、京一に笑顔を見せる。
「それから?」
「え?」
二瑠には、京一の言葉の意味が一瞬解らなかった。
「ここで何してるのかって聞いてるんだよ」
京一の声は再び冷たく敵意に満ちていた。
「あ、いや、その……」
再び、萎縮してしまう二瑠。
「あめー、明仁みてーだな? ひょっとして弟か何か?」
「あ、え?」
「いや、違うな……もういいよ。さっさと消えろ」
「あ、うん」
京一に完全に圧倒され、何がなんだか分からないまま、急いで立ち去ろうと後退したとき、二瑠は躓いて尻もちをついてしまった。
「うわっ!」
肩にかけていたバッグが開いて中から本が滑り落ちた。前回、図書館へ行ったときに延長を申請して以来ずっとバッグに入れたままの「巌窟王」。二瑠はこの本を必要としていた。
彼は慌てて本を拾い上げようと手を伸ばしたが、京一の手が先に本を拾い上げた。
「『巌窟王』……誰かに復讐でもすんのか?」
京一は本の表紙を暫く睨むように見ていたが、やがて興味を失くしたのか二瑠の方へ投げ捨てた。
そのとき、マンションの正面玄関が開いた。京一と二瑠は、同時に正面玄関の方へ顔を向ける。
「京一! 早く来いよ! 聖也さんが呼んでんぞ!」
目つきの悪い坊主頭の少年が、正面玄関のドアを抑えながら立っていた。
「ちっ、うるせーな……」
京一は踵を返して歩き出そうとした瞬間、二瑠の表情に大きな変化があったことを見逃さなかった。彼は立ち止まると、意地の悪い含み笑いを浮かべながら呟いた。
「野々村洋介か? 探している相手……復讐の相手は」
「!!」
予想していなかったその言葉に、二瑠は凍り付いた。
「うひゃひゃひゃっ!!」
京一は高らかに笑い上げると、マンションの方へとゆっくりと歩いて行った。
その場に残された二瑠は、背中にじっとりと嫌な汗を掻きながら、暫くの間そのままじっとしていた。
京一に投げ捨てられた「巌窟王」が二瑠のことをじっと見ている。
二瑠は素早く本をバッグに仕舞うとゆっくりと立ち上がった。
「みつけた……ふははは」
彼は無意識のうちに声に出して笑っていた。
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