十月のある土曜日の午後、二瑠は市の中央図書館で川崎を待っていた。


 昨夜、リバーサイドパークでの件で分かったことがあると、彼から電話があったのだ。


 三階の隅の席で二瑠はひとり座っていた。館内に人は比較的少なく、二瑠の周りには誰もいなかった。本の香りと厳粛な雰囲気に包まれている。


 「神聖」という言葉の意味は良く分からない二瑠だったが、この場所はなんとなくそんな言葉がぴったりな感じがして、とても気に入っていた。


 エレベーターの扉が開き、グレーのダウンジャケットに青いバックパックを背負った川崎くんが降りて来た。二瑠を見つけると、軽く手を挙げ近づいてくる。


 真向かいに川崎が座った瞬間、二瑠の頭の中に彼のダウンの下は裸にビキニパンツなのかなと、下らない妄想がちらりと浮かんで苦笑した。


 しかし、すぐに首を横に振り、気を取り直して本題に入った。


「で? どうだった?」


「ああ、結構いろいろ分かったぜ」


 川崎はポケットからメモ張を取り出して机の上に置いた。開かれた彼のメモ帳には、幾つかの名前が書き込まれていた。


「まずあの写真のやつの名前は、野々村ののむら洋介ようすけっていうらしい。学年は、オレと同じ五年生でクラスが一組、ちなみにオレは四組ね。で、野々村はいつも二人の仲間を連れている。はやし隆一りゅういち石狩いしかり拓哉たくやってやつらしい。こいつらも同じ一組。たぶん相川くんが見たのはこいつら三人じゃないかな」


「……野々村洋介、林隆一、石狩拓哉……」


 二瑠はそれらの名前を無意識に何度も暗唱する。


「まず聞いた話によると、この野々村ってやつは最近よく大学生のアパートに入り浸ってるらしい」


「大学生?」


「ああ、何処でどう知り合ったのか、そこで何をしているのかは分からないけど、場所はどうもセントラルパークの近くらしい……」


「……」


「それからこの石狩ってやつは、野球やってて、うちの少年野球チームに入ってるらしい。で、よく青葉小の学区内にあるグラウンドで……ねえ、相川くん?」


 川崎は開いていたノートを一旦脇へやると、視線を二瑠の方へ向けた。


「え?」


「相川くんは、もし犯人がそいつらだったとしたら、どうするの? やっぱり警察に通報するの? それとも……」


 それは、川崎が以前も二瑠に聞いてきた同じ質問だった。


「え? うん、もちろん警察に話すよ。でも、自分の眼でもう一度ちゃんと確認しておきたいんだ……。だから川崎くん、それまではこのこと誰にも言わないでくれるかな」


 今回二瑠は、警察に通報すると即答した、目を逸らさずに川崎の目を真直ぐに見て。


「ああ、分かった。でも、気をつけろよ。こいつら、普通じゃないぜ……」


 彼のいつになく真剣な声に、二瑠はゆっくりと頷いた。


「……うん」


「ふぅ、腹減ったな……ちょっと休憩ね」


 川崎はバックパックから大きな弁当箱と魔法瓶を取り出すと、机の上に置いた。


「こ、ここで食べるの?」


 机の右端には禁煙と飲食禁止のステッカーが貼ってあった。 


「ああ、家からここまではかなり遠かったからね。昨日の残りのシチューだけど……」


「ま、またシチュー?……」


「え?」


「あ、い、いや……シチュー好きなんだね!」


「え? ああ、うちのタオルがシチュー大好きなんだよ! それでさ、この前タオルのやつってばさ……」


 美味しそうに音を立ててシチュー弁当を食べる川崎を尻目に、二瑠は頭の中でひとり作戦を練りはじめていた。

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