森本聖也
大学病院を出た瞬間、湿気の多い生暖かい風に捕まった森本は、思いっきり顔をしかめた。
「……夏はこれだから嫌いだ」
彼は呟いた。暦の上では既に秋だったが、彼にとって暑い日は夏で、寒い日は冬であった。
森本は病院内の食堂は食べる気がしなかったので、街で遅い昼食をとることにした。
「今日は、ピザにでもするかなぁ……」
そう呟くと、何度か行ったことのあるカフェ・テラスへと歩を向けた。 大学病院から十分程の距離にあるイタリアの国旗を掲げた小さなカフェ・テラス。
テラスに腰を下ろし、左手首の腕時計を見ると二時半を指していた。
お昼時を過ぎたカフェ・テラスには、サラリーマンやオフィス・レディの姿は少なく、小さな女の子を連れた主婦と、数人の女子高生が大きな声で話していた。
突然、ポケットの中の携帯が鳴った。メール文には、社会福祉の講義の後、五号館の前で会おうと書いてあった。
森本の頭に、同じ大学の背が高くてメイクのキツイ女の顔が浮かんでくる。
すぐさま携帯を閉じて、さっきの主婦の連れた小さな女の子に視線を戻す。
「お待たせいたしました。ご注文の品は以上でよろしかったでしょうか?」
テーブルの上には、先程注文したハワイアンピザと、コーラのカップが置かれていた。
彼は短く礼を言って、さっさとウエイトレスを追い払う。その細長い後姿を睨みながら見送った後、再び視線をさっきの女の子に戻す。しかし親子連れは、何処にも見当たらなかった。
森本は舌打ちをしながら、ストローをカップにズブリと突き刺した。そして通りを行く人々を観察しはじめる。
学校をサボって街をうろつく高校生たち、夕食の買出しに出てきた主婦たち、小学生の下校時間にはまだ早いらしく、子供の姿は見られなかった。
彼の視線の高さは常に低く、常に百五十センチ当たりを探していた。世間的には、自分のような人間は変態でゴミ屑なんだろうなと、森本は自嘲気味に笑う。
「ぶはっ! ゲホッゲホッ」
突然、森本はコーラを激しく咳きこんだ。彼の瞳には「天使」が映っていた。
横断歩道で立ち止まっている少女を見つけたとき、彼は稲妻に打たれたような衝撃を覚え、呼吸のリズムが乱され、身体が震え始めた。
彼は素早く伝票を握り締めると、食べかけのピザを残したまま席を立った。
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