白と黒

「マジかよ……あの深水が……」


 話を聞き終わった川崎の表情から、笑顔は完全に消えていた。


「うん、だから犯人たちと同じ小学校の川崎くんなら、何か知ってるんじゃないかと思って……」


 二瑠は期待を帯びた瞳を目の前の肌の黒い少年に投げかけた。


「……正直、事故の話は聞いてたけど、それが深水だったとは知らなかったんだ。でも……」


「でも?」


 二瑠は生唾を飲み込む。そして鋭さを増している川崎の瞳を期待を込めて覗き込んだ。


「ちょっとこっち来てくれる?」


 川崎は立ち上がると、二瑠を隣の部屋へと誘導した。


 二瑠は黙って彼に続く。


 隣の部屋の大きな鏡台の前で、川崎は脚を止めた。


 二瑠もそのすぐ傍で止まる。大きな鏡台に対照的なふたりの姿が映し出されている。


 川崎が徐に口を開いた。


「相川くんって、すげー色白いね。雪国の人?」


「え? なっ……いや、違うけど。お母さんが雪国の生まれだったからかな……って、川崎くん!! そんなことよりも!!」 


 文句を言いながらも、二瑠は鏡に映った自分の姿を改めて見た。


 色白に長身、少し切れ長の目。


 なんとなく誰かに似ていると思った。しかし、それが誰なのかは、はっきりしなかった。


「ごめんごめん。これが、うちのクラス写真。一学期の初めに撮ったやつ。この中に、相川くんが見た走り去る犯人たちの誰かが写っているかもしれない」


 川崎は部屋の隅に置いてある本棚から、一冊のアルバムを取り出すと畳の上に広げて見せた。


 二瑠は自分が、近くで隠れていたという事実を伏せて、事故のことを話していた。


 卑怯者だと思われたくないという、狡さがそうさせたのだ。罪に対する罰は、どんな形にせよ、いずれ受けることになるだろうと二瑠は観念していた。


 目頭を熱くしながら、二瑠は写真に目を通していく。


 「5-1」と書かれたプラカードを真ん中に座っている少年が掲げている。校舎をバックに撮られたその写真を端から慎重に見ていく。


 しかし、全体写真では、生徒の顔が小さ過ぎて一度見ただけの彼らの顔を見つけることは出来なかった。


「……次のページが、七夕祭りの時かな……あと夏休みのラジオ体操や登校日の時の写真もあるよ」


 川崎はアルバムを順に捲りながら、写真の説明をする。アルバムの最後のページで、手が止まった。


「あっ、これは……この前の遠足の時の写真! これから見せればよかったんだ。でも、数枚しかないぜ……どうだ?」


 最後のページには写真が五枚だけ収めてあった。その中の一枚に、二瑠の見た彼らのひとりが写っていた。


「あっ! こいつだ!」


 二瑠は写真の端に写っている背の高い坊主頭を指差した。背格好、坊主頭、あの時着ていた少年の服の色が、二瑠の記憶と一致していた。


「こいつ……誰だ? オレ、見たことない。うちのクラスじゃないな……」


「え?」


「まあ心配するなって。こいつが誰なのか、すぐ調べてやるよ」


 川崎は片眼を瞑ってウインクをつくると、親指を立てた。


「ありがとう」


「で、もし、こいつとその仲間が犯人だって確実に分かったら、相川くんんはどうするつもりなんだ? 警察に行くのか?」


「……」 


 二瑠はそのことをずっと考えていた。勢いに任せた形でここまで来てしまったが、最終的にどうするのか、決定的な答えはまだ出していなかった。


 二瑠がひとり思案を巡らせていると、川崎はアルバムからその写真を抜き取ると、突然立ち上がった。


「あれ? 何処行くの?」


「腹減ったろ? 晩飯用意してくる。昨日の残りのシチューだけどさ。それと、今日はもう遅いから泊まっていきなよ。明日、朝早く起きて帰れば学校に間に合うだろ?」


「え? あ、うん! ありがとう! あ、電話借りてもいい? 家に連絡しておきたいから」


「ああ、電話は玄関のとこにあるから」


「川崎くん、本当にいろいろとありがとう」


 部屋を出ようとする川崎に、二瑠は立ち上がって頭を下げた。殆ど初対面と言ってもいい間柄の自分に、ここまでしてくれて二瑠は正直驚いた。そして、とても嬉しかった。


「いいってことよ。友だちのためだからさ」


 川崎は頭を掻きながら、照れくさそうに笑って部屋を出て行った。


 部屋の窓から満月がこちらを覗いていた。


 その瞬間二瑠は、漆黒の闇の中に一筋の希望の光が見えた気がした。そして心に熱いものを感じながら、彼も部屋を後にした。

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