歪み
土曜日の午後、いつものように京一は森本の部屋にいた。
この部屋へ出入りするようになってから、既に一ヶ月以上が経つ。最初の頃は週末だけだったが、最近では平日も学校帰りに寄るようになっていた。特に何をするわけでもなく、部屋でゲームをしたり、雑誌を読んだり、外へ行けば、ゲームセンター、映画館、ファミリーレストランと、時間を空費していた。
それらの費用は、全て森本が払った。京一が自分の分だけでも払おうとすると、「友だちだろ? 今回はオレの奢りね」そう言って、彼はお金を受け取らなかった。
大学生の森本が、なぜ小学生と一緒に遊ぶのか、京一には理解できなかった。しかし、ここへ来ている自分は、きっと人並みに居場所が欲しかったのだろうと、京一は自分のことを冷静に分析していた。
京一がベッドに腰掛けて雑誌を読んでいる時、森本の携帯が鳴った。
「もしもし? あ、郁生(いくお)くん? 今? 全然大丈夫……うん、分かった。オッケー、じゃねー」
森本はパタンと携帯を閉じると、ポケットに捻じ込む。
「郁生さん、来るんスか?」
ソファーに寝転がって、漫画を読んでいた洋介が起き上がる。
「ああ」
「またアレやるんスかね?」
洋介の声は少し興奮しているようだ。
「ああ、たぶんな。京一、今から来る人だけは絶対怒らせるなよ」
森本は、初めて京一を呼び捨てにした。
「はい……」
二十分後、窓から外の様子を見ていた森本は、車のエンジン音が遠くで聞こえた瞬間に、正面玄関のオートロックを解除した。
数分後、玄関のドアを激しく叩く音が聞こえて来た。
「おいこらっ!! 開けろや!!」
森本が急いでドアを開けに行く。
「郁生くん、ドア蹴るのだけは勘弁してよ~」
「さっさと開けんからじゃろうが」
坊主頭の男はそう言って、森本の頭をくしゃくしゃに撫で回した。
「うわっ!」
「あ、郁生さん!! ちわッス!!」
洋介はその場で立ち上がり、姿勢を正すと、深々とお辞儀した。
「おー! 洋介おったんか?」
「はいっ!!」
「あ、郁生くん、こいつ前に話した京一。こいつ結構頭いいんだよ。京一、こっちは加佐郁生(かさいくお)くんね」
「どうも、はじめまして。神辺京一と言います……」
京一もベッドから起き上がると、軽く頭を下げる。そして、男を観察した。
年は二十代半ば、中肉中背で、グレーのスーツを着ていた。胸元にキラキラと派手な光物を付けている。それらが、高いのかどうかまでは京一には良く分からなかったが、男の瞳はどこか濁っているようで、嫌悪感を覚えた。そして、懐かしい誰かのことを思い出した。
暫くの間、京一を睨みつけるように見ていた郁生だったが、やがてそれは不快な薄ら笑いへと変わっていった。
「とりあえず、みんな車に乗ろうや。『狩り』の時間じゃあ!」
「狩り」とは、まず小学生の洋介と京一が芝居を打って、学校帰りの学生や、会社帰りのサラリーマンを路地裏へ誘き寄せる。
そこで待機している森本と郁生が暴行を適度に加え、金を巻き上げるというシンプルな強盗だった。
車で隣の県境まで来ているため、過剰にやり過ぎななければ、問題はないと郁生は考えているようだった。
また、偽装のための帽子や眼鏡、ゴーグル、郁生の、自分はその筋の者だという芝居も含めて、作戦は緻密に練られていた。
更に自然の法則に従って、強そうな奴、警察に通報しそうなやつは絶対に狙わず、気の弱そうな、頭の弱そうなやつだけを狙っていた。肉食動物が、草食動物を襲うように。
食物連鎖が崩壊して食糧危機にでも陥らない限り、窮鼠猫を噛むは起こらない、自然の法則に従った強盗、それが「狩り」だった。
その日は、真面目そうな高校生三人と、会社帰りのサラリーマン一人をハンティングして、合計十八万円程巻き上げることに成功した。
街へ戻る山道の途中、郁生はワゴン車を停めて四人は一服した。
「初参加にして、ラッキーデイじゃったな」
血で汚れた拳をハンカチで拭きながら、郁生は京一と洋介にそれぞれ二万円ずつ渡した。
「でも郁生さん、なんで今日初めて来たこいつなんかに、オレと同じだけやるんッスか?」
後部座席に座っていた洋介が、露骨に嫌な顔を隣の京一に向ける。
「まあ、そう言うなや、洋介。ワシらはチームじゃろ? 昇る時も、落ちる時も一緒じゃろうが? 喜びは分かち合わんとのう。それに、この小僧の蹴りはなかなかじゃだったわ。のう京ちゃん?」
「いえ……そんな」
その呼び方に、京一は激しい嫌悪感を覚えた。
「どしたんや聖也? さっきからだんまりでよぉ。さっきの高校生のガキに、おいしいんでも、もろうたんか?」
「いや、何でもねーよ」
先程から森本は黙ったままでタバコを吹かしている。
「分かっとるわ。おめーの頭ん中はよー」
郁生はニヤつきながら、森本の首を掴むと力を入れた。
「うわっ! 痛って! やめろって」
「なんッスか? なんッスか? オレにも教えてくださいよぉ!」
瞳を爛々と輝かせながら、洋介は運転席のシートにしがみ付く。
郁生は吸っていたタバコを窓から放り捨てた。
「こいつ、ロリコンなんじゃわ」
「ちょっと郁生く~ん」
「はぁ……?」
洋介は意味が分からない、という顔を浮かべている。
「まあ、それは次回の、お楽しみじゃわな!」
郁生は勢いよくアクセルを踏み込んだ。ワゴン車は一気に速度を上げて山道を下って行った。
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