周と春彦

 夕暮れ時の帰り道、周と春彦は肩を並べて歩いていた。


「悪かったな。大丈夫か?」


「ああ、死ぬほど痛くて、タンコブが出来たけどな」


 春彦は、後頭部にそっと触れながら周を睨みつけた。


「勇者の割には後ろに眼がないんだな」


「馬鹿野郎! あるわけねーだろっ! あったらそれは勇者じゃなくて魔物だ!」


「はははっ!」


「ったく。でも久しぶりだな、周ちゃん。五年の時までは、よく明ちゃんとオレの家に遊びに来てたのに、六年になってから、全然遊びに来ねーんだもんな」


「ああ、そうだな。どうしてた? 相変わらず、頭がファンタジー過ぎて、みんなに避けられてんのか?」


 周はカラカラと笑う。

 

 三年生の時から周と明仁と春彦は三人でよく一緒に遊んでいた。その時から、春彦は勇者だとか、魔法だとか、ファンタジーな世界が大好きで、周りから少し浮いていた。そのため、クラスの中には、彼をものもいたが、不思議と春彦をいじめるようなものはひとりもいなかった。


「……ば、馬鹿野郎! みんなは勇者であるオレに恐れをなしているだけだ。それより、今からうち来ねーか? 明ちゃんも誘って前みたいによ」


「あ? ああ……いや、それが……ちょっと話があるんだ。何か飲むものでも買って、あそこの公園に寄ってもいいか?」


 周は言葉を濁しながら、すぐ先に見える三角形の形をした公園を指差した。入り口の脇には自販機が見える。


「あ? いいけど、コーラはもういらねーぞ」


「ああ」


 周は自分にコーラを、春彦にはコーヒーを買い、ふたりは三角公園のベンチに腰を下ろした。そして、コーラを一口啜ると、周は明仁のことを話し始めた。




 ベンチに座って春彦は、周の話をずっと黙って聞いていたが、話が終わると、静かに口を開いた。


「……そうか。そんなことがあったのか。全然知らなかった。あの明ちゃんが……」


「ああ……だからオレ……最低だよな……自分でも何であんなことしちまったのか……ちくしょう!」


 コーラの缶を握っている周の手に力が入る。


「……でも、周ちゃん……まだ、諦めちゃ駄目だ! 周ちゃんと明ちゃんは、兄弟みたいに、いつも仲良しだったじゃねーかよ」


 春彦の丸い瞳が、真っ直ぐに周を見つめていた。


 その丸い瞳は、どことなく明仁の瞳に似ていた。


「だからさ。何回無視されても、まだ諦めちゃ駄目だ! いつかはきっと、って信じて、頑張るしかない! ……と、勇者は思う……」


「……そうかな?」


「ああ、そうだよ。オレは明ちゃんにも当分会ってねーし、その神辺ってやつのことも全然知らねーけど、友だちはさ、やっぱ、いろんなことを乗り越えていけるんじゃねーかな。オレ、周ちゃんと明ちゃんは、本当に最強の幼馴染兄弟おさなきょうだいだと思うし」


「そ、そう……だよな? やっぱ、頑張るしかねーよな?」


「ああ、なんなら、オレが明ちゃんとおまえの間に入って話をしてもいいし」


 正直に言うと、周は春彦にこんな風に励まされるとは思っていなかった。春彦は、明仁のいじめに加担した自分を責めると、周は覚悟していたのだ。


「サンキューな、春彦」


「いつでもどうぞ! 伝説の、勇者は、仲間を、ぜぇ~ったいにぃ~、見捨てないっ!」


 伝説の勇者が身体をくねらせて、ポーズを決めている時、ちょうど頭上でカラスが鳴いた。辺りはすっかり暗くなっていた。


「そろそろ帰ろうぜ。伝説の勇者は腹が減ってきた」


「なあ、春彦……おまえ、何で明仁をいじめていたオレを責めないんだ?」


「……だって、オレなんかがおまえを責めなくても、おまえが、既に自分を十分に責めていること、勇者の、オレには、全部、お見通しさ!」


 春彦は、また身体をくねらせると、先程とは少し違うポーズを決めた。


 その時、周にはなんとなく分かった気がした、何故、春彦がクラスで苛めの的にならないのかが。


「……そうか」


 三角公園を出る時、周はあることを思い出した。


「ところで、さっきおまえが叫んでた『ハンナ』? あれ、何のことだ?」


「あ、あれか? あれは、閣下の娘さんの名前だ。でも、間違ってたんだ。本当の名前は、『キョーコ』っていうんだ。さっき、完全に思い出した。もう心配はいらない!」


 春彦は百点満点の笑顔にピースを添えた。

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