アクション
二瑠は部屋のベッドに寝転がったまま天井を睨む。集合団地の薄汚れた天井の模様は、あの日の血溜まりへと変わる。
仁栄のお見舞いへ行った翌日、二瑠は気分が優れずに学校を休んでいた。気分がすぐれない理由は彼自身にも分かっていた。
寝転がったまま、目だけを自分の勉強机の方へ向ける。随分と古いタイプの勉強机だった。何処からか拾ってきたと言えば、きっと誰もが信じるだろう。
机の上に置かれているランドセルの隣で、一冊の本が床に落ちそうになっていた。ベッドから起き上がって、二瑠は本を手に取る。
夏休みの読書感想文のために、市の図書館で借りてきたままになっていた「巌窟王」。小学校の図書館にも置いているが、市の図書館にある方がページ数が多く内容もしっかりしていた。
無実の罪で洞窟に投獄された若い航海士の復讐の物語。
「復讐……」
二瑠は、病室のベッドでひとり眠る仁栄の姿を思い出す。
「復讐」の二文字が、彼の心を強く揺さぶった。
「犯人はまだ分かっていない……」
思い出される若林の言葉と涙。
脳裏にしっかりと焼きついた走り去る少年たちの後姿と、大地に染み込んでいくように広がる黒い血溜まり。
次々と甦ってくる仁栄との思い出。
頭の中で、それらのイメージが何度も何度も、再生される。
「何とかしなきゃ……」
二瑠は部屋を飛び出すと、隣街にあるスイミングスクールへ自転車を走らせた。
「
その川に架かっている大きな橋、
目的地のスイミングスクールは、橋を渡ってしばらく坂を下ったところに位置していた。
二瑠は橋を渡りながら、下を流れる川を覗き込んだ。数日前の大雨で、川の水嵩は普段よりも圧倒的に増していた。
二瑠は橋を渡りきると、一旦自転車を安全な場所に停めて、ポケットから街の収縮地図を取り出した。
初めて来る馴染みのない場所で、迷うわけにはいかなかった。自分のいる場所とスクールの位置を地図でしっかりと確認する。それらしき建物が二瑠の視界にぼんやりと見える。あれだ! 再び自転車をゆっくりと漕ぎ始め、坂道の傾斜に乗せた。
「うわぁぁぁああ!!」
想像していた以上の傾斜の激しさと加速する自転車のスピードに思わず悲鳴を上げる。
カーブに差し掛かった辺りで前方から大型トラックが向かって来るのが見えた。
歩道は狭いとはいえ、比較的道路は広く見通りが良いので、衝突する心配はないが、大型トラックは先日の松葉杖の少年を連想させた。
それは二瑠に衝撃を与え、彼に悲鳴をあげさせた。
「どうわぁぁぁああー!! うわぁぁぁああー!!」
なんとか無事スイミングスクールの駐輪場に辿り着いて、自転車から降りた時には、二瑠の膝は激しい疲労でガタガタと震え、息もかなり上がっていた。
「はぁ……はぁ……す、すいません。このスイミングスクールに、はぁ……か、川崎という名の、はぁ……小学生が通っていると、はぁ……思うんですけど」
「はぁ?」
受付の初老の男性は首を傾げる。
「僕の友だちの友だちで……ふ、深水くんの、その、か、川崎くんで……」
「はぁ? 何だって?」
受付の鈍い反応に、二瑠も自分が何を話しているのか分からなくなってきた。
「いや、だから、あっそうだ。まず、僕の名前は相川っていいます……すいません、たくさんの名前を一度に言ってしまって……」
「はぁ?」
「いや、だからその……」
二瑠は必死になればなるほど、混乱していった。
「おまえ、何やってんだ?」
背後から誰かの声がして、二瑠は振り返った。
そこには、競泳用のビキニパンツを身に着けたよく日焼けした少年が、水を滴らせながら腰に手を当てて立っていた。
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