真夜中の訪問者
夜の病院の廊下は、不気味なほど静まり返っていた。静寂の中、一台の車椅子が誰もいない廊下をゆっくりと通過していく。
車椅子に乗った少年は、幽霊なんてものを信じてはいなかったが、もしもそんなものがいるとしたら、きっとこんな場所にいるんだろうな。今なら簡単に信じてしまいそうだと思った。
少年は、慣れた手つきで駆動輪を回しながら、想いを巡らせた。そして、今朝のことを思い出していた。
「ねえねえ、先週だっけ? 青葉小学校の子が、屋上から落ちて運ばれてきたじゃない。あれって事故かな?」
「さあ、蜜柑の木に落ちて助かったって聞きましたけど……どうでしょう。あれ? 三井さん、事故じゃないって疑ってるんですか? まさか、殺人……未遂?」
「いやー、そうじゃないって! 山城くん、テレビの見過ぎー」
「わかってますよ。ただ、あまりこういった話は、ここでしない方がいいですよ、ってことです。ってか、駅前のケーキ屋の新メニューにオレンジ風味アップルパイパイっての登場したの知ってます? 今度一緒に行きませんか?」
「……それって軽くセクハラ入ってない?」
「いや、どうでしょう。でも、アップルは絶対入ってると思いますよ!」
「うーん、どうしようかな……」
少年が車椅子で散策中、給湯室の前から、看護師たちが話している声がはっきりと聞こえてきたのだ。
入院生活に退屈していた少年は、それが誰なのか妙に探してみたくなった。
少年は、ワックスで艶のある廊下の上を、音をあまり立てないように慎重に、しかし滑らかに車椅子を走らせる。そして病室の入り口に掛けられている名札を、確かめるように小声に出して順番に読んでいった。
名札を読み始めて十分程経った頃、車椅子はある名札の前で停止した。
「……」
部屋の奥には、ベッドがひとつだけ置いてあった。
窓から差し込んでくる月の光を少年は眼鏡に反射させながら、ベッドの方へゆっくりと近づいていく。そして窓の方へ身体を向けて眠っている少年の手前で、短く音を立てて停止した。ベッドで眠る少年の呼吸は、一定のリズムを刻んでいるようにみえる。
「……今ならおまえ、オレに勝てるぜ……明仁くんよ」
京一は、しばらくその場で明仁からの返事を待っているようだったが、やがて諦めたのか、部屋を静かに出て行った。
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