秋の遠足
夏休みが明けた九月の初旬、仁栄たちの学年は、秋の遠足でリバーサイドパークへと向かった。
リバーサイドバークは街の北部に位置する、一種の自然公園だ。
仁栄たちの街では、他にも春の遠足で行ったセントラルパーク、マウンテンパークなどの自然公園が盛んに作られていた。
「おやつ何持って来た?」
「せんせー! 何時に着くの? 着いたら最初に何するんですかー?」
「ねえねえ昨日のあれ見た? 『ドキドキ伯爵物語』!!」
「見た見たー!! ちょーイモイよね~」
「わたしのお弁当のおかずは~」
「うわー! オレ、弁当箱リュックに入れるの忘れたかもしんねぇー!!」
「マジで!? やばいじゃん、それ!!」
「おい! 今、オレの頭に誰か何か投げなかったか!?」
興奮状態の一クラスが、まるごと一台のバスに積まれているため、車内はお祭り騒ぎだ。
「えー、これから、バスはセントラルパークへ向かって出発します。静かに自分の席に着いて、ちょろちょろバス内を動きまわらないように」
「はーい!!!!」
「それから、あともう一点」
若林は少し間を置いて、大きく深呼吸した。そして手を口元に当てて大声で叫んだ。
「みんなー! 今日の気分はいかがですかーー!!」
耳元に手を当てる。反応なし。車内は一瞬混乱の沈黙に包まれた。
「みんなの元気が聞こえないなー。それではもう一度!」
今度は、前より少し大きめなモーションで。
「みんな、しっかり朝ごはん食べてきましたかーー!!」
「おーーーー!!!!」
皆の元気一杯の返事が返ってくる。
「今日は楽しい秋の遠足ですよーー!!」
「おーーーー!!!!」
「みんな、もう帰りたいですかーー??」
「いやーーーー!!!!」
「それでは精一杯、力一杯、楽しみましょーーう!!!!」
「うわぁぁぁぁーーーーー!!!!!!」
バス内の興奮は一気にピークに達した。
「いやー、すいません。これすると子供たち喜ぶもんで。つい……」
パフォーマンスを終えた若林は、照れくさそうにバスガイドのお姉さんにマイクを手渡した。初めはあっけに取られていたお姉さんも、子供が本当にお好きなんですねと、笑顔でマイクを受け取ってくれた。
「おー!! せんせー、いい感じになってるじゃん!!」
「ひゅーひゅー!!」
「バスガイドさん、せんせーまだ独身だよー!!」
「うちのお母さんが、学校の先生って生活安定してるって言ってたー!!」
「でも、ひゅーひゅーって古くない!?」
子供たちの野次は止まらない。
「こらこら!! すいません、無視して下さい」
「いえ、大丈夫ですよ」
バスガイドのお姉さんが微笑んだと同時に、バスは少し揺れながら動き出した。
「あっ、またうさぎのポシェット持ってきたんだ! サキほんと大好きなんだね! もう失くしちゃだめだよー」
りょうは、隣に座っている咲子の膝の上にあるポシェットに目を向ける。
「はーい。へへへ」
咲子はおどけた振りをして、頭をかく。そして、咲子は夏の日に会った眼鏡をかけた少年、京一のことを思い出した。
「やっぱ石川にはそれがよく似合ってるよなー」
後ろの席の仁栄がひょっこり顔を出す。
「ありがと! へへへ」
咲子はちょっと照れ笑い。そこへりょうが入ってきた。
「ちょっとー、サキのこと呼び捨てにしないでくれますー? サキはあなたの……」
「……彼女でもお嫁さんでもありませんー! だろ?」
仁栄はりょうの台詞を奪って楽しそうに笑った。仁栄の隣の席の二瑠も一緒に笑っていた。
「ちょっとー!! なに相川くんまで笑ってるのよー!!」
「まあまあ、りょうちゃん抑えて抑えて」
咲子はりょうを手の団扇で仰ぎだす。
「佐々木さん! ぼ、僕は、佐々木さんの首にかけてる手作りペンダント、すごく似合ってると想います! 僕、好きですねー。大人っぽくて……」
何処からか小学生で一杯のバスには似つかわしくないバリトンボイスが響いて来た。
咲子たちの前の席に座っていた学級委員長の岡本だ。亀のように首を伸ばして、りょうを物色するように眺めている。
「ぎゃあああーーーーー!!!!」
驚きと恐怖の余り、りょうは悲鳴と同時に傍にあった魔法瓶を岡本の顔目掛けて力一杯投げつけた。岡本はそれを思いきり顔面で受け止めた。そしてそのまま後ろへ倒れ、りょうたちの視界からいなくなった。
「うわー、委員長がやられたぞ!!」
「せんせー!! 暴力事件発生だよーー!!」
「その前にきっと委員長が言葉のセクハラしたんだよーー!!」
「きっとそうだよー!!」
「いぇーい!!」
「セクハラ! セクハラ!」
「ねぇ、セクハラって何?」
「男子ってほんといやらしーー!!」
「やらしーー!!」
車内はまた騒がしくなる。
「……はぁ、実家は農業を営んでおられるのですか」
「ええ、父は早く結婚して婿を連れて帰って来いって」
「婿養子ですか……」
一時間後、バスはスピードを落とすと、リバーサイドパーク敷地内の駐車場へと入っていった。
「あっ、よその学校の子もここに遠足で来てんのかな」
「ほら! あそこにバスが止まってる」
誰かの言った言葉に反応して、仁栄は身体を起こすと窓の外を見た。
二瑠もつられて、窓の方に目を向ける。
「あっ、ほんとだ」
駐車場には、仁栄たちのとは違うバス会社のロゴの入ったバスが、四台きちんとライン内に駐車されていた。
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