夏休み
「よーし! 釣れたぁー! こいつはでかいやー!」
仁栄は釣針に引っかかっている赤いアメリカザリガニを、嬉しそうにブラブラさせながら二瑠に見せる。二瑠は目を丸くして驚いている。
「うわー! 大きいねー!」
「そっちはどう?」
「……あっ! 釣れた! はははっ!」
二瑠の方にも大きなザリガニが引っかかった。
川の水はとても綺麗で、たくさんのザリガニや蛙、フナ、カブトエビ、川の生きものがはっきりと見えた。
「ねえ、深水くんは来週学校である夏祭り行くの?」
二瑠が釣れたザリガニをバケツに移しながら聞いてきた。
「ああ、父ちゃんと一緒に行くと思う。母ちゃんはああいうの嫌いだから」
「いいなぁ」
「相川くんは行かないの?」
「うん、うちは両親が共働きで、来週も仕事があるっていってたから……」
「そっか。じゃあ一緒に行かない? オレ父ちゃんに頼んでみるよ」
「え? いいの?」
「ああ全然。そうだ! なんなら石川や佐々木も誘ってみようぜ! で、みんなで行こうぜ!」
「うん! それいいね! 最高かも!」
二瑠は声を上げて喜んだ。
「あっ! でも佐々木は煩いからなぁ……」
「ははっ、でも深水くんと佐々木さんはいいコンビだと思うよ」
「おえーー!! 冗談!? 勘弁してくれよー! あんなの男だぜ!」
仁栄は両手で首を締めると、舌を出した。
「ははっ! あっ、そう言えば、深水くん、夏休みの宿題何処までやった?」
「全然。でも夏休み、まだまだあるもんねー」
仁栄は楽しそうに笑う。
「そうだよね! ははっ」
二瑠も楽しそうに笑う。
その時、土手の上から声がした。
「おーい! 深水じゃねーか? 何やってんだー?」
自転車に乗ったタンクトップの少年はそのまま土手を滑り降りてきて、仁栄の前で後輪をドリフトさせながらかっこよく止まった……つもりだったが、勢いあまって仁栄と衝突した。
そして、派手な音を立ててふたりともその場に崩れるように倒れ込んだ。
「うわー!!」
「……痛てて。大丈夫? 川崎くん?」
起き上がりながら、仁栄は自転車に跨ったまま倒れている少年に声をかける。
「よ! 久しぶりじゃん、深水。釣りか? 」
素早く起き上がると、少年は何事もなかったかのように振舞った。
「うん、川崎くんは? スイミングスクールの帰り? 珍しいね、こっちの方に来るなんて……」
青と白の水泳バッグが自転車のカゴに入っているのが見えた。しっかりとカゴに括られていたため、バッグは落ちなかったらしい。しかし、バッグの口をしっかり締めていなかったのか、中に入っていた黒い競泳用パンツがまるで炒められた茄子のようにバッグからニョロッとはみ出していた。
「ああ、おまえもまたスクールに来ればいいのに」
少年の身体は服で覆われていない部分は、全て真っ黒に焼けていた。
「あっ、相川くん。こちらは、川崎くん。オレが前に行ってたスイミングスクールの友だち。僕らのいっこ上なんだ。で、こっちは相川くん。学校のクラスメイト」
「よろしく!」
「あっ、どうも……」
なんとなく気をくれしている二瑠を気にすることもなく、川崎と呼ばれた少年はバケツを覗き込んでいる。
「うわー! すげーなー! 大漁じゃん!」
「へへっ。だろ? 川崎くんの記録超えるかもよ」
「バーカ、オレの記録は……やべっ! オレ、お使い頼まれてたんだ。じゃあまたな、深水! たまには泳ぎに来いよ!」
仁栄たちに軽く手を振ると、川崎は自転車で強引に土手を登り始めた……つもりだったが、坂は急だったため一度降りて、走りながら押して行った、はみ出した茄子をブラブラと揺らしながら。
「ははっ! 相変わらずだな川崎くんは。でも、すげーいい人だよ」
「そうなんだ。一個上ってことは、五年生?」
「うん、隣町の筑紫小のね。あっ、オレたちも一旦帰って昼飯食べてこない ?で、秋彦のとこ行こうぜ。あいつの兄ちゃんゴープラlll買ったらしいから」
「本当に!?」
「ああ、もしあいつの兄ちゃんがプレイしてても、複数でやった方が絶対楽しいから、きっと入れてくれるよ!」
「それいいね! 最高かも!」
再び興奮してきた二瑠を横目に、腕時計を見ると十二時を過ぎたところだった。
「まだ全然時間ある。よーし! 行こうぜ!」
「うん!」
取ったザリガニのバケツを素早くカゴに入れると、ふたりは自転車を全力でこぎ始めた。
小学四年生の夏休み、彼らにとって毎日が天国だった。
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