転校生

「あいかわ……にる? じる? なんて読むんだ?」


 自己紹介の時、黒板に書かれた転校生の名前にクラスの皆はざわめいた。


 一方、仁栄は転校生のその変わった名前に少し親近感を覚えていた。


「皆、静かにーー!! それでは相川くんに自己紹介をしてもらおうかな」


 担任の若林わかばやしは、皆の前に立たされて緊張している転校生の肩をぽんと軽く叩いた。


「あ、はい……僕の名前は、あいかわ、じるです。好きな科目は国語と算数と社会です。嫌いな科目は体育です……」


「何!? 体育が嫌いなのか? そいつは参ったなー、先生の受け持ってる科目なんだけどなぁー。どうしてくれよう?」


 若林は腕を組んで、大げさに困った表情を作ると、転校生に意地悪な眼差しを向けた。


「あ! いや、嫌いじゃなっくて、えーと、ただ得意じゃないってだけで、きっといつかは、その……」


 慌てる転校生に、クラスの皆がキャッキャッと笑う。


「はははっ! 冗談だよ。それじゃあ相川には、深水のすぐ後ろが空いてるから、そこへ座ってもらおうかな」


 若林は転校生の肩を再びぽんぽんと叩き、窓際の一番後ろの空席を指差した。


「はい」


 色白の転校生は、ほっと胸を撫でおろすと、一番後ろの空席へと向かった。


「先生! 皆の自己紹介がまだです!」


 二年間連続で学級委員を勤めている岡本が、手を挙げ低い声で叫んだ。


「お? そうだったな。悪い悪い、それじゃあ出席番号順に、名前と趣味かな。簡単な自己紹介をお願いします」


「えー!! せんせー!! 時間ないよー絶対、全員はー!!」


「いーじゃん別にー」


「そーだよ。そーだよ」


「学活の時間にすればよくない?」


「でしょ? でしょ?」


 クラスは再びざわめき始める。


「静かにーー!! 皆、静かにーー!!」


 若林は手をあげて、前よりも大きな声を出した。


「分かった、分かった。前にも言ったように、発言のあるものは挙手して下さい。みんなはもう四年生なんだから、すぐにガヤガヤとおしゃべりを始めない!」


 ざわめきは一旦静まり、ぽつぽつと手が挙がっていった。


 ここ青葉小学校は二年ごとにクラス替えがあり、担任は毎年変わるのだが、稀にそのまま同じ担任の先生が繰り越されることがあった。若林の場合がそうである。


 二年目になるこのクラスは、それだけにお互いに愛着もあり、生徒たちからの先生への信頼も厚かった。


「オレの名前、深水仁栄、よろしくね」


 仁栄は転校生に軽く微笑んで手を振った。


「あ、よろしく。相川二瑠です」


 転校生は少し緊張気味な笑顔を見せて席に着いた。




「深水くんの名前も変わってるけど、相川くんの名前はもっと変わってるね」


 給食の時間、仁栄の隣の席の石川咲子(いしかわさきこ)は、転校生に切り出した。


「あ、うん、意味は良くわからないんだけど、お父さんがつけてくれたんだ」


「へー。なんか外国人みたいでかっこいいなー」


 咲子はポニーテールの良く似合う可愛い女の子。頭が良くて、皆に優しかった。仁栄はそんな咲子のことが少し好きだった。しかし、咲子と同じくらい、今日の給食のカレーうどんとフルーツゼリーも大好きだった。


 仁栄はカレーうどんを頬張りながら、口を開く。


「ふぎのほんわわのぶぎょう、いどうびょうひふなんだ。ごくんっ。一緒に行こうぜ。案内するよ」


「あ、うん。ありがとう」


 二瑠は、牛乳を飲むのを一旦中断してからそう答えた。


「……相川くん今ので判ったの? 何? 移動病皮膚って?」


 仁栄の右斜め前の席の佐々木りょうは、そんなことを言いながら本日のデザート、フルーツゼリーに手を伸ばしていた。


 ちょうどその時、ゲホッゲホッと誰かが咳く声が聞えた。隣の咲子が涙目になりながら咽ていた。


「ちょっと大丈夫? サキ? まさか口から鼻に牛乳が逆上がりして……」


 りょうは咲子の背中をさすりながら、仁栄を睨みつけた。


「ちょっとー!! 深水が口にカレーうどん入れたまましゃべるから、サキが『鼻牛』になって咽ちゃったじゃない!! すごく痛いんだからねー『鼻牛』!!」


「オ、オレのせいじゃないだろー!! ってゆーか佐々木、最初にフルーツゼリー食べようとしてたんじゃねーの?」


「っち、違いますー!! ちょっと賞味期限調べてただけですー!! ってゆーか佐々木って呼び捨てにしないでくれますー? 私はあなたの彼女でも奥さんでもありませんー!!」


「はいはい、すいませんでしたよー」


 仁栄は首を横に振りながら謝った後、ふと転校生の方へ首を向けた。


「あれ?」


 転校生は下を向いた姿勢で小刻みに震えている。


「ちょっとー!! はいはい、すいませんでしたよって言いながら、首横に振ってるじゃない!! なにそれ!? 全然謝ってないみたいじゃん!!」


 りょうはまだひとりで続けている。


「まあまあ、りょうちゃん、抑えて抑えて」


 『鼻牛』から回復した咲子が、熱くなったりょうを両手で団扇のように扇いでいる。


「どうしたの? 相川くん大丈夫?」


 皆も一斉に転校生の方へ視線を向ける。


「大丈夫? おなか痛いの?」


 心配する咲子。


「あーー!! 相川くんフルーツゼリーもう食べちゃってるぅーー!!」


「どーでもいーだろ、そんなこと! 相川くんは、転校生なんだから! デザートは最後に食べるっていうルール知らないんだからー!」


 仁栄がすかさず反論して、りょうに睨み返された時、後ろから甲高い笑い声が爆発した。


「ふ、ふぁははははっはははははっーー!! ひぃいいいいひぃいいっ!! ゲホッグホッアハッ!! ははははっ!! オホッオホッ!!」


 転校生は腹を抱えて大笑いしていた。時々咳き込んで涙を流し、そして鼻から牛乳を滴らせながら。


「はははははははっ!!」


 仁栄は、それを見て大笑いした。


「相川くん『鼻牛』しちゃってるー。はははっ!!」


 咲子も笑った。


「しかも先に食べたゼリーが、口からこぼれてるしー。ぎゃははははっ!!」


 りょうもそれに加わった。


 いつもの他愛のない給食時間の会話。


 転校生の二瑠は、少しずつクラスに打ち解けていった。

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