第30話 「襲撃者」

 花蓮side


「何の騒ぎだ馬鹿野郎」

 部屋に駆け込んできた炎豪さんの声で、私は目を覚ました。

「なんだなんだ?さっきのバカでかい音とこの黒焦げの部屋は」

「爆発です。奇等くんとこの魔族が――」

 そこで私は口を塞がれた。そして横からその少女は言う。

「魔族?魔族が出たなんて情報、聞いてねえぞ」

 それはそうだろう。あれは、先生酔京と私しか知らないはずだ。

「違います。襲撃を受けました。時道くんがいません!」

「はあ!?」

 なんだって?あの爆発の間際に?一体どうやって?

 すると、耳元でその少女――ルミエールは囁く。

『冷静になってください。まずは彼の救出が優先です。ここは一度、協力するべきでしょう』

『協力?何を言っているのあなた!私はあなたの宿敵なのよ』

 彼女の言っていることが全く理解できずにいると――

『…一応私は和解するためにここへ来たのです。それに彼は私にとっても、あなたたち協会にとっても、とても重要な人物でしょう?目的は一致しているはずです』

 確かにそうだけど…私は答えに困る。いくらなんでも、そんな簡単に気持ちを切り替えられるものなのか。

「わかった。」

 苦しく熟考する私をよそに、炎豪さんは答える。

「とりあえず、会員の身体が最優先だ。今はあいにく1級が少ないが、お前らと俺、そして2級から何人かをとって、緊急で救助隊を作る。…あんたは戦えるのか?」

 炎豪さんはルミエールに問う。

「もちろん!」

「…わかった。ただ、死んでも責任は負わねえぞ」

「大丈夫です」

「大した自信だな。まあ、いいさ、そこの石影いしかげをさっさと起こせ」

 そうして、半ば強引に時道奇等の救出作戦が決行された。


 ―30分後―


「いやこれ絶対罠じゃないですか?」

 停車した車の中で、石影くんは言う。

 まぁ、その気持ちもわかる。教会の中に誘拐されるの見たら、誰もが怪しいと思うだろう。

「いや、ただの教会にこんなに敷地はいらないだろう。ダミーの可能性は低い」

 炎豪さんは双眼鏡で教会を観察しながら答える。

「…確かに、そうっすけど」

「とりあえず、距離を詰めよう。こっちは今近接向けの能力者しかいないからな」

 車のドアを開けると、彼は少し笑った。

「どうしたんですか?」

 私が聞くと――

「なんでもないさ。予定通りで行くぞ」

 車から出ると、炎豪さんは奇術を発現させて、地面を爆発させた。そして、赤い火の粉が舞うと、尋常ではないスピードで敷地内に飛んで行った。

「俺たちもできるだけ急ぎますけど、人の速度には限度ってものがありますからね」

 移動系の能力は持っていないので、と石影くんが言うと、2級の子たちは頷く。

「プランAでいければいいのだけど」

「なら急ぎましょう。私は彼に追いつかなければいけませんから。」

 そう、私たちは移動系能力持ちだから、できる限りのサポートをしなければいけない。私は一番得意な基礎四性の風を使って。ルミエールは飛行術(魔族の中では必須の能力らしい)を使って、炎豪さんを追いかけた。


 近くで見ると、教会はさらに大きく見えた。大きな扉は磨かれているが、新しい建物には見えない。

 そのドアの横に立つと、炎豪さんは静かに言った。

「いいか、俺が合図をしたら、扉を開けろ」

「わかりました」

 私たちも息を殺しながら答える。

「じゃあ、3・2・1――パンっ」

 その時、扉の奥で銃声が鳴ると、炎豪さんがドサっと倒れた。肩から血が出ている。

「え?」

 ただ、問題はそこではない。

「気にするな!先に行け、これはかすり傷程度だ…」

 そして、炎豪さんは動かなくなった。

 そう、あの炎豪さんがのだ。

 不意に重々しく教会の扉が重々しく開くと、その発砲音の元であろう銃を持った少女が現れた。

「せっかく来てくれたのは嬉しいんだけど、今日は帰ってもらおうか。」

 およそこの世のものとは思えないほど、美しく整った顔立ちをしたその少女は、両手に一丁ずつ拳銃を持ち、背中にショットガンを背負って、オリオン座のマークが描かれた軍服を身に着けていた。

「炎豪さんに何をしたの!」

 どんな能力にしても、強力なことには変わりない。何か、何か手を…

「殺しはしてないよ」

 それだけ言うと、彼女は距離を詰めてくる。

 まずい、この距離だと避けられない。彼女の銃口がこちらへ向いてくる。


「しゃがみなさい!」

 その声に勝手に体が反応して、足を曲げた。その瞬間頭上を青い光が通過して、その少女も数歩引き下がる。

「あなた、体術の心得もないのですか?今のは私が助けなければ一撃でしたよ」

 いちいち一言多い女だ。もともとこっちはサポートのつもりで来てたっつーの!

「わかってたら避けれたわよ。…次からは気を付けるわ」

 しかし、確かに今までの自分は少し気が抜けていたのかもしれない。私の中での戦闘のスイッチが入った気がする。


 巫女服の袖を捲り止めて、私も自分の奇術を使う。数度自分の体温が上がったのがわかる。すべてが自分の思い通りにいくような高揚感が舞い上がってくるが、今は戦闘に集中しなければいけない。

 私は実態を持たない光の矢を百本作り出すと、一斉に少女に向けて発射する。

「何度見ても派手ですね。あなたの魔術は…」

 青い炎を操る魔族に言えたことではないと思うが。まぁ、確かに私の奇術は派手な部類に入るだろう。

 しかし、その少女は余裕のある表情のまま動かない。

「『矢』はスピード重視の、君の試作品の技の一つだったね。だが、矢と言いながらも射程が短く、十メートルも飛ばない。即席でいくつでも作れて、文字通りスピードは一級品だけど、小細工は利かなくて、直線状にしか飛ばすことはできない」

 まずい、すべてバレている。いったいどこから?情報網にしても、自分以外には誰にも教えたことはないのに。


 いや、今はそこではない。わかっていても焦らないことが肝心だ。わかっていてもあのスピードに人間の反応速度で避けれるはずがない。

「慣れてないものは、咄嗟に使おうとしない方がいいよ」

 軍服の少女は軽々と『矢』の射程外へ跳躍すると、こちらに片方の拳銃を向けて言う。

「これはちょっと特殊なハンドガンでね、殺傷性能が極めて低い弾を使ってるんだ」

 言いながら撃たれた銃弾は、少しスローモーションのように見えた。今度こそ避けることは不可能だ。…どうする…?周りに身を隠せるところはない。

「すいません。危ないですよ」

 どこから出てきたのか、石影くんが私の前に立つ。

「あ、ありがとう、石影くん 」

「いえ、多分これは…なんかめまいが――」

 自分の腕の石化を解除して、腕にのめり込んだゴム弾を取り除くと、彼は冷や汗を流しながら言う。

「私の能力が付与されたその弾丸は、それが当たったに間接的に私の奇術をかけることができるの。」

 彼女が指を鳴らすと、その直後に石影くんは倒れてしまった。

「ちょ、あなた…人をなんだと思ってるの!」

「言ったよね、殺しはしない。だから憎まれる筋合いも、恨まれる筋合いもないよ」

 「お引き取り願おう」っと彼女は二丁のハンドガンをしまうと、背中にかけていたショットガンを取り出して言う。


「悪いけど、君たちは今ここに必要ない」

 私たちを完全に圧倒した後、その少女は私に囁いた。

「彼を、どうするつもりなの?」

「シリウスのことかい?彼には、人間との戦い方を学んでもらう」

「人と、戦う?」

 そんなの彼がするはずがない、と言おうとすると、先ほど彼女が言っていた能力が効いてきたのか、口が動かない。理不尽なほど強力な奇能力だ。

「…こんな能力を手に入れてしまった時点で、人間の戦争は始まっているんだよ」

 その言葉が聞き終えるころに、私の意識はなくなった。


 ▽▲▽▲▽▲▽▲


 奇等side


 「スリーカードだ。俺は微妙だな」

「私はフルハウスですね。なかなか今日は運がいいみたいです」

 そう、地中深くにある地下室のある一室。円形のテーブル上では、お茶会どころか。ポーカーが行われている。

 ちなみに僕は何かというと…

「ワンペアも揃わないなんて、ついてねえなあ」

「最初は揃ってたんですよーって、そうではなくて!」


 「なんだ?慢心も含めてポーカーだぞ」

「そうですよ?この緊張感が面白いのではないですか」

 さっさと次のゲームを始めようとする彼らは、まるで僕の話を聞いていない。

「今、上でリゲルと協会の人たちが戦っているんでしょう?僕は協会の人とは戦うことだけはしたくありません」

 少しの沈黙が空いて、カノープスさんが呟く。

「そうか、まだ君は知らないのか」

 ただトランプをシャッフルする音だけが地下室に響き渡る。音の発生源の念動力を扱う能力者であり、かつ親であるカペラさんは、フンっと鼻を鳴らして加える。

「新入りにしては生意気なことを言うんですね。説明は姉さまから聞いてください。私たちから情報を漏らすことは禁じられているので」


 やはり何もできない…か。でも、待てよ?さっきの単語は引っかかる。

「新入り…?新入りって何ですか?」

 すると、急にカペラさんは「はぁ~?」とあきれた声を出す。

「あなた、星の名前をもらったでしょう?シリウスなんて良い名をもらうのは正直納得できませんが、それがあなたが《Stella》に加入したことの証です」

 急いで会員証を確認すると、その理由に納得する。

 そう、か。あの態度は、そういうことだったのか。

「…わかりました。」


「勘のいい少年でいらっしゃいます」

 また、その少女は美しい笑みを見せたが、その印象はさっきとはかなり違った。

「お嬢、揶揄うのもそれほどまでにしておいてやりなさい」

「そうですね、姉さまに叱られるのだけは、嫌ですから」

 不満足そうにカペラさんは少し頬を膨らませると、開き直って、種明かしをするように言った。

「人は誰しも無意識のうちに染みついているブレーキが存在します。わかりやすい例だと、『人を殺してはいけない』とかね。多くの人…というか、よほど慣れるか、をされでもしないと、そのブレーキが目的を邪魔するんですよ」

 後者を言うときのカペラさんの顔が一瞬暗く見えたが、おそらく気のせいだろう。

「当然の考え方でしょう。それが人として生きる上での最低限の教養ですよ」

「それが、人を守る上で邪魔なんですよ。魔物ももとは魔族ですよ~?もしあなたが魔族すら殺せないのなら。自分がどれだけ無力であるか、わかりますか?」

 確信を突かれた。僕の中で、いろいろなものが崩れていく音がする。

「お嬢!」

 カノープスの厳しく叱責する声が飛ぶと、カペラは肩をすくめて言う。

「ああ、確かに言い過ぎたかもしれませんね」

 再び数秒の沈黙が空き、今度はテーブルの中央にあるベルが鳴る。

「あ!姉さま姉さま!」

 カペラが素早く能力を使ってベルを止めると、そこからリゲルの声が聞こえてくる。

『仕事は終わったよ。客人にも無事に返した。カペラ、スライダーを作ってくれるかい?』

 喜んで!っとカペラさんが答え終わらないうちに、僕たちがさっき来たところに大穴が作られる。先程とは段違いのスピードだが、恐らくさっきは本気ではなかったのだろう。

 数十秒も経たないうちにリゲルは地下室へ到着すると、汗の一つも掻かずに言った。

「話は聞いたよ。大体はカペラの言う通りだが、そこまで落ち込む必要はない。そのために、君は対人戦を勉強してもらうんだから」

 言葉の意味はよくわからないが、謎の説得力があった。信じてもいいのか?しかし、彼女の考え方にもきっと、理由があるはずだ。

「いいかい?人間も魔族も、殺さなくたって報われたりはしない。奪われると思ったら迷いなく殺すんだ。理不尽に、狡猾に、に。私たちはそれができる能力を持っているんだから」

 狂っている、と思った。彼女の目は優しいのに、語る言葉には毒気がたっぷりとこもっている。しかもそれを淡々と言うのだから恐ろしい。

「…君は、そうやって生きてきたのか?」

「いや、残念ながらそれは私の希望だよ。私はそれができなかったから色々なものを失った」

「姉さま!それらは姉さまのせいではありません!」

 カペラさんが反論すると、リゲルはそれを静かに手で制する。

 そして、またこちらを向き直すと、その表情に光を灯すように、笑顔で言った。

「君は、

 その言葉がいつかの祖父と重なって、僕は思わず目を見開いた。

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奇死怪生 柊 季楽 @Kirly

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